コロナ禍で生まれる赤ちゃん
『コウノドリ 新型コロナウイルス編』、この題名を見ると胸のあたりがヒュッと締め付けられる。実は心のどこかでずっと気になっていた。このうんざりするような感染症はすべての人に等しく厄介なもので、つまり大きなお腹を抱える妊婦さんも例外ではなかったはずだからだ。
お母さんも、お腹の中にいる赤ちゃんも、産科も、コロナ禍に見舞われていた。
本作は産科医療マンガの名作『コウノドリ』の2年ぶりの新刊だ。描いてくれてありがとうと思う。
2020年の出生数はニュースでたくさん報じられた。いわく「過去最少」とのことだが、それでも厚生労働省の資料によると84万832人の赤ちゃんが生まれたのだという。ひたすら「よくぞ生まれてきてくれたね」と思う。そんなこんなでとても読みたかった作品だ。過去のシリーズを知らない人でも楽しめる。1ページ目からすぐにコウノドリの世界に入れるはずだ。
「わからない」ことだらけの出産
『コウノドリ 新型コロナウイルス編』は2020年の前半からスタートする。刻々と状況が変わったコロナ禍をなぞるように物語は進んでいく。
まだ症例が少ない段階で、全員が手探りの状態のまま、鴻鳥先生が働く聖ペルソナ総合医療センターはコロナ感染妊婦を受け入れることに。つまり通常のお産と異なる状況だった。もちろん感染症内科の医師も対応にあたる。
厳格なゾーニングを設けることで医療者への感染リスクを下げる。パパッと廊下を歩けないどころか、防護服を着て、脱いで、そしてシャワー浴びて……の繰り返し。ひたすら頭が下がる。
出産方法を検討するシーンでも「コロナ禍」は考慮される。
「わからない」は厄介だ。その選択が本当に正しいかどうかすらわからないからだ。それなのにどれか1つは必ず選ばないといけない。主人公の“鴻鳥先生”もみんなも怖かったろうに。
誰も経験したことのないお産が始まる。
う、生まれたー! 聖ペルソナ総合医療センターのみなさんのリズミカルな連携が心地いい。
赤ちゃんは元気、よかった。おめでとう。でも現実は少しも甘くなくて、「おめでとう」のあとにも「わからない」がつきまとう。しかもお母さんが赤ちゃんを抱っこできるのはずっと先の話だ。つらい。この苦しい状況は、やがてお母さんにこんな大きな影も落とす。
私はこの大きなページがとてもショックだった。コロナ禍が始まる前でも出産に不安を感じる人は多いのに、そこにコロナ感染まで重なるのだから、母親にかかる負担はどれだけ大きいか。
誰も悪くないのに「ごめんなさい」と思ったり。妊婦さんの不安に寄り添う助産師の“小松”がとても頼もしい。小松の働きぶりを見ると元気が出る。
不安と恐怖とイレギュラーの嵐のなか、待ったなしのお産が続く。
デルタ株、ワクチン接種、ネットの情報
本作は産科で働く鴻鳥先生や小松らの仕事やお産の様子と並行してコロナそのものにもスポットをあてる。
患者さんの悪化のスピードが速いデルタ株と戦う感染症内科の牧先生たち。やがてワクチンが登場するも……、
ワクチンにまつわる葛藤を本作はいろんな角度から丁寧に描く。とてもよかった。
「リアルな物語」というのは得てして苦くて、なにも甘っちょろくない。本作はとてもリアルにコロナ禍の出産を描く。
ずーっと色んなことがわからないし、少しわかってきても迷いは消えない。満場一致の答えなんて出てこないのだ。キーッと頭を抱えたくなる。このもどかしさが生々しい。でも、命は生まれる。そう、不安だろうがなんだろうが、鴻鳥先生の元で命がたくさん生まれる。その一点にものすごく救われる。やっぱり「よくぞ生まれてきてくれたね」と思う。
不安だろうがなんだろうが、目の前にあることに専念するしかない。怒濤の物語だ。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。