優等生の初恋の味は
ポテトチップに、甘じょっぱいポップコーン。食べたら太るとわかっていても、開けたら最後だ。あの均一でない味付けは、飽きさせないためのあえてのメリハリだという。ついつい最後まで食べきってしまうようにできている。
『初恋は血の味がする』も、そんな中毒性の高さで、先を読まずにいられない。一番怖い人は誰か、ページを繰るたびに印象が変わる。「何かおかしい」「これはよくない」と思いつつ、続きが気になって仕方ない。
ヒロイン・小野寺莉心は、学年1位の優等生で、ママの自慢の良い子。でも、学校ではいじめられっ子だ。
トイレで水をかけられたり、「流行りの行方不明者に見せかけて殺してやろうか」と脅されたり。本当の莉心は悩みを相談できる人もおらず、一人ぼっちだ。仕方なくずぶ濡れのまま授業に出れば、担任の九条先生だけは心配してくれる。
そしてそれは、ただ生徒として、というわけではないようで……。
「いじめは悪だ」「先生が絶対助けてやるからな」と、涙ながらに言う九条先生に莉心はすっかり心奪われてしまう。
弱った女子高生にこんなことをしたら、そりゃ恋にも落ちるだろう。教師と生徒の恋はナシではないが、このタイミングで学生に手を出す社会人ってちょっとヤバいのでは……。と思っていたが、このマンガにはその上をいく“禁忌”があった。
いじめの主犯格・七海さんに呼び出された莉心。逆上した七海さんともみ合っていると、九条先生が現れ、莉心にささやく。
「僕にまかせて」なんて、先生は王子様みたい。のんきに考えていた莉心が目にしたものは……。
血まみれの七海さんと、刃物を手にした九条先生だった。
「いじめは悪だ」……じゃあ殺人は?
気づけばそこは、九条先生の部屋だった。優しい笑顔で莉心を気遣(きづか)い、飲み物も用意してくれる彼を「いつもの九条先生」だと錯覚しそうになるけれど、この部屋も、死体処理の手際の良さも、普通じゃない。
やっぱりそうか。思えば、いじめっ子たちもこんなことを言っていた。
そしてその変態殺人鬼は九条先生で、先生は七海さん以外にも何人も殺しているということなのだろうか。
だいたい、あの時の「助けてやる」が、「殺して排除する」意味だとは思ってなかった。
ついさっきも人を殺しておきながら、自分を思って泣いてくれているらしい九条先生の底知れなさに、ひそかに震える莉心なのだった。
「怖い」と「ウケる」は紙一重
しかし本作は「無垢な優等生とサイコな教師のラブストーリー」ではない。
殺人鬼と知っても九条先生への恋心は変わらず、「秘密を共有するなんてロマンチックだし、そのうち二人は惹かれあって……」と妄想する莉心。うっかり「ポジティブ(笑)そんな場合か」と笑ってしまうが、本人はいたって真剣だ。そこに何となく背筋が寒くなるズレを感じる。いじめられっ子たちには「プライドを傷つけられた怒り」があり、先生には「いじめは悪」という信念がある。でも、ヒロインである莉心のこの「ズレ」のせいで、物語は予測不能な方向へ進んでいく。
そもそも、莉心が七海さんたちにいじめられるきっかけは、一人ぼっちでお昼を食べている莉心を見かねて「一緒に食べよう」と誘ってくれた七海さんに放ったこのひとことだ。
莉心も莉心だが、こんな風に「ママ」の莉心への過剰な支配と無関心のアンバランスさが見て取れるコマがちょいちょいあって、莉心ママの登場シーンは少ないながら「毒親なんだろうなあ」と想像せずにはいられない。
また、七海さんに「九条先生と抱き合っている写真を拡散する」と言われれば、こう。
さらに「やりたいことが見つかるといいですね」なんて笑顔で言えちゃう、莉心の天然煽りスキルの高さがすごい。それでいて「七海さんと友達になれたかもしれない可能性」を妄想して涙したり……。本作で一番まともなのは、実はいじめっ子たちだったのかもしれないとさえ思える。
さて、ある理由から七海さんの友達と仲良くなろうとあれこれ画策する莉心。
でも失敗。まあそうですよね。信じられないかもしれないけど、本作を読み進めてくるとこういうコマにホッとするんですよ。
そこに音もなく現れたのは九条先生。七海さんの時とは違い「こいつらに何された?」と莉心に確認はするけど、その手に握られているのは……。
愛情表現(?)が極端だ。
そしてこのあとの莉心の言動も、読者から見れば納得できるし笑えるけど、ほかの人は怖いだろうな……。恐怖と笑いのギリギリを攻める、血の味の初恋の行方を追いたい。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019