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2021.12.19

レビュー

嘘をついてでも主役になりたい。平凡すぎる少女が嘘だけで成り上がる!!

絶対テッペンとってやる

「何者かになりたい」と強く願うとき、あなたは何をするだろう。自分探し? 強みを磨く? 自信の元になり、自分を輝かせるための何らかの努力をするのではないか。『嘘つきユリコの栄光』は、その努力を「ウソ」に全振りした少女の物語だ。

小石川百合子は承認欲求が強く見栄っぱり。「私がその他大勢のわけがない」という強い確信があるけれど、その確信に根拠はない。小学校では注目を集めたい一心で、すぐばれるウソをついては痛い子呼ばわりされていた。もうそんな自分とはサヨナラするのだ。中学デビューへの期待を胸に、入学式を迎える。




そこに現れたのが、満月院グループの御曹司・家康。公立中学に降ってわいた、ピアノと英語ができるキラキライケメン御曹司だ。
その圧倒的なキラキラオーラに、「これじゃ私が埋もれる!!」と震えあがるユリコ。生まれながらに主役級・インパクト抜群の家康の登場に、イケてる自己紹介はすべて頭から吹っ飛んだ。ユリコはとっさに



とんでもないことを口走ってしまう。



家康はドン引き。そりゃそうだ、ユリコと家康は話したことすらないのだ。「目立ちたいからって痛い」「怖い」「必死すぎ」クラスメイトの嘲(あざけ)りが聞こえる。入学初日にして、私の中学生活は終わった……! コソコソとその場を立ち去ろうとするユリコ。

そんなユリコを「婚約者って、どういうことかな?」と引きとめる家康。
このままでは晒(さら)し上げられ、またもみじめなウソつきになるしかない。追い詰められたユリコは……



「ふざけてるのはそっちでしょ」と言わんばかりのハッタリをかます。証拠を見せろと騒ぐクラスメイトも力技で黙らせる。
これでも「何言ってんだ、ウソつき」と言われたら……もう終わりだ。



しかし、どういうわけか、家康はユリコの芝居に乗ってきた。理由は「面白そうだから」。
このまま自分を楽しませてくれるなら、ユリコのウソを秘密にして、表向きは婚約者のフリをしてくれるという。ユリコとて、家康に恋して婚約者のフリをしたわけではない。彼を楽しませる気なんかない。しかし、今更(いまさら)全部ウソだと言ってみんなにバカにされるのはもっとイヤ……。この日、ユリコと家康の共犯関係が成立した。

脇役が主役の王冠を奪うところ、見たくない?



とはいえ、特に「婚約者としてのふるまい」を打ち合わせたわけでもない2人。いつも会話はアドリブだ。家康は楽しげに、ユリコが知るはずもない幼いころの話題をぶっこんできたりする。とてもついていけない。アドリブ頼みではなく計画を立てよう。ユリコは「家康の婚約者」としての徹底的な役作りを始める。



自分のウソにリアリティを持たせ、「家康の婚約者・小石川百合子」を演じ切る。そうすれば中学3年間、話題の中心でいられるのだ。本気を出さない理由はない。とはいえ、自分がセレブというのは無理がある。じゃあ、庶民が御曹司と知り合うきっかけは?

「家康が婚約者に選ぶ子」と自分のギャップを埋める設定を徹底的に考え抜くユリコ。上手なウソには細部の作りこみが必要だ。そして本人もそれを信じ込まなくてはならない。努力の甲斐あって、ユリコは多少の無茶ぶりには動揺しなくなり、会話を楽しむ余裕すら出てくる。疑いの目で見ていたクラスメイトも、「案外本当かも」なんて思い始める。しかし、そんなユリコの足をすくうのは家康だった。みんなの前で「婚約者ごっこはもう飽きた」と言い放つのだ。



しょせん自分は、「生まれながらの主役」を引き立てるだけの脇役なのか。



それなら、脇役が主役の王冠を奪うところを見せてやる……!
このあとユリコは、役作りにモノを言わせ、瞬(またた)く間に形勢を逆転させる。圧巻だ。このシーンはぜひ本編で確かめてほしい。



「家康、ひどくね?」というクラスの空気をよそに、目を輝かせてユリコを連れ出す家康。




「百合子さんが主役になるのを見たい」と、本物(!)の婚約指輪を差し出すのだ。

ウソつきと訳ありセレブの化学反応

ここで紹介したのは、物語のさわりにすぎない。しかしこれだけでコミックス1巻分ありそうなほど、ストーリーが濃いのだ。超ドラマティック。
「ウソがキッカケでセレブの婚約者になる」。漫画ならではの夢のある設定だが、1巻時点では恋愛要素より、いきなり危ない橋を渡るユリコと、それを面白がりつつ、敵か味方か読めない動きの家康の心理戦が目を引く。
イケメン御曹司の好物といえば「おもしれー女」だが、ユリコは王道の「おもしれー女」とはちょっと違う。自分の美しさに気づかない天然でもないし、正義感が強いわけでもない。クソデカ承認欲求をバネに、追い込まれると強くなる。ウソが破綻するギリギリを爆走し、窮地を切り抜ける。

女優さながらの演技を繰り出すユリコに「初めからそうすればよかったのでは」と思うかもしれない。しかし、ユリコを支えるのはその「ウソつきで痛い百合子」に戻りたくないという強い強い欲求だ。例えばここ。



お母さん、言い方ァ!!

随所に、このようなユリコの過去の「ウソつきの痛い子エピソード」が挿入される。つらい。筆者は2ページ目~3ページ目で一度ギブアップしそうになった。こんなこと二度と言われたくない。



それだけに、これはめちゃめちゃグッとくるよね、とも思う。

しかしこれが、ある意味ぶっ飛んだ本作の話の展開に納得感を与えるスパイスになっている。ユリコも家康も、ただの変人ではなく「いるいる、こういう人!」というリアリティがある。そう、「なぜキラキラ御曹司が公立中学に?」にも、ストーリーの都合ではない理由があるのだ。

本作をジャンル分けするなら、何になるだろう。ボーイミーツガールと見せかけて、サスペンス? 三谷幸喜作品のような、理詰めのコメディにも思えるし、人によってはサイコホラーと感じるかもしれない。ユリコがリアリティのための役作りをするように、その背景まで作りこまれたキャラクターには人格が宿る。そんなキャラ同士が出会うと、物語が勝手に動き出すような化学反応が起きるのではないか。今のところ、本作がどういうジャンルに収束していくのか予測がつかない。でもこのウソつきと訳ありセレブの化学反応を、最後まで見届けたいと思うのだ。

レビュアー

中野亜希

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019

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