日本の繁華街とフィリピンの邸宅
あと1ページ、もう1ページ……と読んでしまう4コマだ。『ココ・ロングバケーション』は、ほとんどのページのレイアウトがきれいな四等分に分かれている。
蒸発した父との再会も、
その蒸発した父がフィリピンで手がけている「事業」を知るときも、
そしてその父が暮らす豪邸での日常も。
きちん、きちんと刻まれていく。表紙の内側すら4コママンガなのだ。この4コマの規則正しいリズムに乗って、日本からやって来た青年がフィリピンを歩く。むわっと蒸し暑くて、カオスで、いつまで経ってもストレンジャー(よそ者)で、どこかさみしい。
本作は作者の実体験に基づいている。バブル時代の遠いフィリピンの話なのに、日本の繁華街に直結した物語でもある。
訪れたその日にスリ、人買いブローカー、そして腹痛
主人公のユウの父親は10年前に「ちょっとタバコ買いに行ってくる」と言って家出した。その父親と会うためにフィリピンを訪れたところから物語は始まる。バブル全盛期の頃だという。
で、空港へ着くなりスリに遭って一文無しになってもう散々だよ……と思っていたら、迎えに来た父親はすっかり陽気な南国の男に変わっているし、感動する暇もなく「!?」となる。10年ぶりに再会した父親は、どう見てもカタギではなさそうなのだ。
父親の仕事仲間(と、お父さんはユウに紹介していますが、ボディガード兼運転手ですね)は護身用と称して銃を携帯しているし、車はゴリゴリのメルセデス。そして自宅は凄まじい豪邸。
この豪邸の立地がまた奇妙で、高級住宅街などではなくスラム街のど真ん中。お屋敷の周囲は刑務所のような高い壁で囲われている。(このページでは4コマのリズムを崩している。1ページのうちの2コマなのにお屋敷がガツンと大きく見えて面白い)
何をどうやれば、10年前に日本で蒸発した男が、フィリピンの豪邸で暮らせるのか。父親は、ユウをその豪邸にある「ダンスルーム」に案内し、自身の事業について語る。
「この娘たちを全部売る!」とカラッと説明した後で「プロモーター業をやってます」と言うのだ。クラクラしてくる。娘さんたちの売り先は日本。彼女たちは、日本のフィリピンパブで働いて、稼ぎの半分を父親に納めるのだという。
商談風景もバッチリ描かれている。
父親のもとにはこんなふうに「取引先」のオヤジが日本からやってくるのだ。オヤジはダンスのプロでもなんでもないし、超絶スケベだし、商談っていうかただの水着ショー。
父親は彼女たちのことを「商品」と言ってはばからない。
ユウへの注意がガチ。4コマで軽快に描いているがドスが効いている。父親は普段は底抜けに陽気で優しいんだけども、この時はコマの背景が真っ黒なんですよね。
ということで、ユウのフィリピン紀行は陽気で暑いのに闇が深い。そして慣れない海外旅行あるあるのエピソードも待っている。
フィリピンに着くなり文無しとなり、父親と10年ぶりに再会したと思ったら超ダーティーな仕事と稼ぎっぷりを見せつけられ、そんな起伏の激しい1日の締めくくりが強烈な腹痛と嘔吐。おだいじに。真夜中にトイレでゲーゲー吐いてるユウの気配に気がついた父親の対応も必見だ。笑っちゃうんだけども笑えない。
お前はよそ者
ということで、ユウがフィリピンで体験することは、普通の観光旅行とはまったく違う。
あ────、怖い。1秒でも早くここを立ち去りたい。
でもどんなにディープな体験をしても、これが付いて回る。
ユウはフィリピンで生きる人たちにとって「よそ者」なのだ。社長の息子が日本でプラプラしてるから、バカンスでフィリピンに遊びに来て、ちょっと異文化に触れてるだけ。それはフィリピン人だけじゃなく在フィリピンの日本人の態度でも徹底されている。
日本から遠く離れた南国を体験しているつもりが、必ず視界のどこかにバブルの日本がちらつく。そして、異国を体験するつもりが、実はその土地での自分の異質さと根っこの頼りなさもしみじみと感じる。フィリピンの日差しと、日本の闇と、何者でもない自分の頼りなさ。終始つきまとうこれらのコントラストは4コマのテンポととても相性がいい。クセになる。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。