この安堵感は何……?
主人公には主人公のオーラがある。その作品の結末を託せるだけの確かな存在感を前に、私たちは「頼んだぜ!」って念じながらマンガや映画をハラハラ楽しむ。
で、そんな主人公の脇でアッサリ散って舞台袖へ消えていくキャラって、お刺身で言うところのツマとかタンポポみたいな存在だと思うが、それがめちゃくちゃ屈強で歯応え抜群だったらどうなるか。
ある朝、学校の持ち物チェックに奇妙な生徒が現れる。
なぜか制服を着ておらず、教師の呼びかけにも応じない。不気味だ。そして嫌な予感は的中する。
怖っ! いかにも最初に死にそうなジャージ姿の教師がバクっとやられ、スプラッター系の学園パニックホラーが始まった……と思いきや!
さっき絶対食いちぎられたと思った首は取れていない。当の先生はピンピンしており、生徒指導が続行される。
『ゴリせん~パニックもので真っ先に死ぬタイプの体育教師~』は、死にそうなのに全然死なない先生のマンガだ。次から次へと先生に死亡フラグが立ち、それらが全部へし折られる。ホントずっと死なない。
やがて「ああゴリせんってば今日も死なないなあ」と笑っているうちに、どこかホッとしてくる。
そう、脇役がめっちゃ頑丈で、死のセオリーに反しまくると、日常は安定するのだ。この安堵感にやみつきになった。癒やし。毎日1話ずつ読みたい!
ありとあらゆる死にそうなシチュエーション
ゴリラのような風貌の体育教師“ゴリせん”はとにかく死なない。
ただ、いかにも死んでしまいそうなフラグはきちんと立ち、発動するのだ。
あるときは死のゲームで最初に頭を吹っ飛ばされて生徒たちへの見せしめとなり、またある時は謎の妖術使いに襲われる。
なにが良いって、ゴリせんは彼らの本命ではないところ。いつだってゴリせんは最初の最初にチョロっと殺されちゃうモブキャラの1人。
だから、たとえば先程ゴリせんを床に沈めた女子高生“須磨歩(すまあゆむ)”が本当に倒したいのは、謎の組織「魔滅衆」の1人で、今はこの学校で高校生のふりをして暮らす少年。バトル漫画にありそうな設定だ。
こういうページ、あるあるでしょ? 何も知らない体育教師を無惨に殺した刺客が主人公に迫る。次週を待て! ……みたいになっているが、
私たちのゴリせんは今日も無傷。こんな超常現象に襲われても、リアクションがいちいち現実世界に忠実なので笑う。ちなみにこの回のタイトルは『バトル漫画の中盤で登場する敵に真っ先に殺されるタイプの体育教師』。わかりやすいね。
しかもゴリせんってめっちゃいい先生なのだ。
歩きスマホって危ないよね、バトル漫画だと特に床に穴とかあきがちだし。ちょっと顔が怖くてゴツくて全然死なない謎の先生だけど、実は生徒をとても大切にしている。ゴリせんの熱い指導がなんとなく須磨さんにも伝わるのだ。読んでるこっちまであったかい気持ちになる。
「さすがに死ぬのでは?」な描写
もうひとつ私が好きなのは死の描写だ。ゴリせんが死にかける場面の絵はいつだって本気。だから、たとえ本作のお約束を理解していても「あーこれはさすがに死にそう」と思う。
『異変に気づき外の様子を見に行って死ぬタイプの体育教師』、たしかにこんな感じで死にそう。映画『ミスト』のフランク・ダラボン監督に教えてあげたいよこのマンガ。
あまりにゴリせんが屈強すぎて、そして人柄がよすぎて、ホラーもパニックものもバトル漫画もすべてが日常にとりこまれてしまう。バトル漫画の主人公は全然バトルしなくなり、宇宙からやってきた戦闘種族も地球で普通に暮らさざるを得なくなる。
ゴリせんワールド強し。
ああ、すぐ死にそうな善良なる体育教師が死なないってだけでこんなに楽しいんだね。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。