「誰といるか」も大事だけれど
マキヒロチさんの漫画を読むと今の自分のことがじんわり好きになる。小気味いい絵と会話のはしばしから「大人って最高」が伝わってくるからだ。
好きな仕事をして、恋をして、それらがうまくいってもいかなくても、誰といてもいなくても、自分で選んだ場所を自分の足で歩いて生きていく。(ときどき、最高においしい朝ごはんを食べたりしながら)
そんな大人になりたかったし、幸いなことに実際そうなったし、マキヒロチ作品で描かれる大人たちを見るにつけ「やー、頑張って大人になってよかったわ!」とばんざいしたくなる。高校生活を全く楽しめなかった当時の私に読ませてあげたい。あなたの未来は、あなたが選んで愛情を注ぎさえすれば、きちんと明るいから心配すんなよ、って。
『それでも吉祥寺だけが住みたい街ですか?』もそういう漫画だ。生きてくガッツが湧く。そして東京という場所を心底好きになる。「誰といるか」も大事だけど、「どこを選ぶか」は、自立して幸せに生きていくうえで、とても大事なことだなあと思い出すのだ。
そう、これでいいんですよ。オシャレな夕飯食べたい、そんな理由で大人はヒョイっと住む場所を選んでいいし、東京ならそんな望みを解像度高く叶えることができる。
東京の魅力は「都会だから」「オシャレなお店が沢山あるから」じゃないと思う。都市がいくつもあって、そのまわりにキャラ立ちした街が無数に存在する。だから自分の夢や欲望にマッチした街を選べるのだ。多様性と可能性の宝庫。
じゃあ、自分に合った街をどうやって見つけて選べばいい? そこで本作の不動産屋“重田不動産”の出番だ。
吉祥寺にある重田不動産の双子・富子(向かって右)と都子(向かって左)が引っ越しでその人の望みを叶えまくる。
住みたいところに住む! 最高! でも待って、この彼が住む場所として選んだのは吉祥寺……? ちがうんです。吉祥寺に住まなくても幸せは待っている。東京の懐の広さ(と、重田姉妹のマッチング力)をとくとご覧あれ。
住むなら好きな街にすべき
本作の舞台でもコロナ禍の影響があったようで、こちらのお客さんはリモートワーク中の食生活をオシャレに彩りよくしたいとご希望らしい。わかるよ、ごはんくらいしか楽しみなかったもんね。
このやりとりの全コマが刺さる。学生時代からずっと同じところに住んじゃって「なんか違くない?」とハッと気が付く大人、いっぱいいそう。
ということで彼は吉祥寺に住もうかなと考え、重田不動産のドアを叩いたのだが……、
これもわかる。吉祥寺は地価が上がっちゃって、若い人が個人経営店を出しづらいし老舗もどんどん失われている。つまり、残念ながら「オシャレな夕飯」を望む彼には合わない街なのだ。
そこで重田姉妹が提案するのが日本橋浜町。ぜんぜん吉祥寺じゃないし、なんなら沿線ですらない。でも思い出してほしい。彼はリモートーワークだから通勤を考慮した沿線縛りで街を選ぶ必要がない。ニーズに合ってる。
お部屋の内見の前に街をガッツリ案内するのが重田不動産のスタイル。「オシャレな夕飯」を叶える街、日本橋浜町のポテンシャルやいかに。(本作に登場する飲食店は実在しています!)
食べログ4点台が終わらない街! なんてこと! 私が住みたいよここ。
マキヒロチ節がうなるうなる。お店紹介を読むだけでお腹が空く。登場する土地への愛と好奇心が濃いんですよね。大好きです。重田姉妹の物件紹介では、お店を案内するだけじゃなく実食つき。手厚い。
富士屋本店、私も絶対行こう。各話の最後にお店の詳細をたっぷり語った「街ぶらラブ通信(通信と書いてレターと読む)」がついてます。
そして、お腹いっぱいになったところで3人はやっと内見に至る。
ここでも「最高だあ」となるのだ。そこは、彼が重田不動産に来店してぽつぽつと語った情報を基にライフスタイルを分析し的確に選び出された物件だった。部屋の設備を案内する言葉のあちこちから、お客さんへの思いやりと愛情が伝わってくる。だから、お腹の底から「ここに住みます!」と選べる。
ということで、本作に登場するお客さんは吉祥寺以外の街に出会い、そこを住みたい街として選ぶ。
重田不動産は、お客さんの望みをただバカ正直に叶えるだけじゃないのもかっこいい。ここで東京の物件が選べるの、本当にうらやましいな。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。