うっかり行くのを忘れてた。私にとって川越はそんな街。子供のころから何度も行ってみたいと思いつつ、うん十年経った今も行ったことがなく、かといってわざわざ行こうとも思わない。
ところが『川越の書生さん』を読み終える前から、もう行きたくて行きたくて仕方がない!! そんな街に変わりました。
大学2年の円岡香南(まるおかかなん)が半年ぶりに実家に帰ると、庭先に袴を履いた若い男がいました。思わず「悪霊退散じゃオラー!!!」と塩を撒く香南。
というのも、庭の井戸には若い男の亡霊が出ると子供のころから母親に言い聞かされていたからです。
ところが彼は、関和数馬(せきかずま)という高校2年生で、親の海外赴任に伴い、親戚である香南の家に居候をしているのだと聞かされます。
香南の家は、明治から続く芋菓子屋で、和数馬は「美形書生カズマ」として看板娘ならぬ看板男子にされていたのです!!
もう、お母さん最高!! 和服姿の品のある顔立ちなのに言うことがエゲツない。
和数馬を亡霊だと勘違いした香南には「ヤバいパーティやって脳細胞死滅してんじゃない。はい狭山茶」と言ってお茶を出すし、和数馬に香南のことを説明するときも「小娘がウロウロしててもヤモリがいる程度に思ってちょうだい」ですからね。
そもそも子供の躾(しつけ)だからって、庭先の井戸に殺された若い男が投げ込まれた作り話はしないでしょ(笑)。
その上、川越名物の巨大ふ菓子棒で香南の頭を引っ叩くって。ガキかっ!
でも、好きだわ~、このノリ。
よくぞこんな毒舌面白お母さんにしてくれました、と思ってしまいました。
そして、なんと言っても和数馬がいい!! こんな素直な和風年下美形男子がいたら、お母さんや香南だけじゃなく、私だってメロメロになるわ! というぐらい和数馬がいい!
お嬢様と書生さん? この組み合わせって現代においてどうなのかな? と読む前は思っていたのですが、いいです、書生さん、新鮮です。
さらに和数馬を魅力的にしているのが、健気な心。
和数馬は子供のころから引越しばかりで街に馴染んだことがないので、「川越が自分の街だと心から言えるようになりたい」というのです。
そう思うきっかけになったのが、7歳のときに香南と一緒に見た「川越まつり」。
お祭りに参加するには、この街の住人にならなければならず……。
香南は当初、そのときのことを忘れていたのですが、記憶が蘇(よみがえ)ります。
逆プロポーズしたことを!!
あー、もうこれは意識してしまうわぁ、ここからはお嬢様と書生さんの恋話一直線か!? と思いきや、お面を被った和装男子(たぶん、イケメン)が現れ、何かが起こりそうな気配。
さらに香南と和数馬の恋路をジラすように、川越ローカルネタもバンバン入って来ます。
例えば、「和数馬くんのために私ができることって!!?」と悩む香南が見つけ出した答えは、「ほどほどにかわいい部屋着を買うことだ」って。
あの母にしてこの娘。その発想、面白すぎる!!
それで香南が買い物に行ったのが、衣料品チェーンの「しまむら」。実は「しまむら」は、川越と同じ東武東上線沿線の小川町発祥だというのです。
もちろん川越名物「川越芋のモンブランソフトクリーム」「いも恋」「おさつチップ」「芋けんぴ」「芋甘納豆」などなど、川越芋スイーツも出て来て、思わず私もメモを取りました。川越に行ったら絶対に食べようと思って。
まんまと『川越の書生さん』の術中にハマってしまった私ですが、ストーリーと川越ネタがうまくマッチしていて、とても楽しい作品でした。
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp