ある日突然病気やケガが我が身に降りかかるも、入院して治療が終わり退院しました、めでたしめでたし、というようには終わらないのが現実で、患者さんの人生は治療のそのあとも続いていきます。
そのあとの仕事は? 治療にかかったお金は? 後遺症があったら?
佐倉旬による『ビターエンドロール 竜巳病院 医療ソーシャルワーカーの記録』は、医療ソーシャルワーカーを題材とした一風変った物語です。病院を題材にした作品は数多くあれど、患者が「治療を終えたそのあと」にスポットライトを当てたものはあまり見かけません。
治療のための入院で、仕事から離れなければならなかったり、そもそも治療にかかるお金をどのように工面したらいいかわからなかったり。
さまざまな心配ごとが一気に患者さんに降りかかり、本人もその家族も何をしていいのかわからない。どんな社会的な制度で救済されるのか調べる余裕なんて当事者にはないでしょう。
たとえ治療が終わっても、患者さんには考えることがたくさんあるから、そのような困りごとを社会福祉の立場から患者さんを解決に向けて支援するお仕事がMSW。Medical Social Workerです。
本作の主人公は犬飼。小さい頃MSWに助けてもらったことをきっかけに、MSWを志すも就活では全敗し、なんとか竜巳病院に採用された若者です。
就活がうまくいかなかった理由は、異常に涙もろく、面接中に号泣してしまうから。
そんな感受性が豊かすぎて、なおかつ右も左もわからない新人である彼が、教育係の先輩の馬頭と、誰にでも病気やケガによって起こり得る「そのあとの問題」に取り組んでいきます。
本作の第1巻にて挙げられているケースは、脳卒中、アルコール依存症、がんと生活保護といった、いつ我々自身の身に降りかかってもおかしくないものばかりです。
そもそも、自分が脳卒中になるケース自体をイメージできますか? 私はできませんでした。いわんや「そのあと」のことなんて全く、どんなことが起きるかなんてわかりませんよね。
そもそも私、医療ソーシャルワーカーというお仕事すら知らなかったくらいです。
でも事実として、いつ我々が、その家族が、同僚がこれらのケースに該当してもおかしくないわけです。治療の内容についてはお医者さんや看護師さんに相談すればいいけれど、治療の後にどうすればいいかなんて個人的なことは聞けないし、お医者さんも答えられません。
でも、そういった個人的なことを相談できる人たちが病院に居てくれるということを知るだけでも、いつか来るかもしれないアンラッキーな出来事に少しだけ余裕が持てるかもしれないのです。
そして本作は同時に、犬飼の成長譚です。
感受性が豊かすぎるという若干の対人コミュニケーションに難を持つ彼が人とどのように向き合うか、全部自分で背負い込んだり、答えを人に求めたりせずに、一緒に答えを探してともに問題を解決する方法を探していく様子は、我々が普通に生活をしていくうえでも気付かされる部分がたくさんあります。
本作のタイトルにもあるビターエンド。それはハッピーエンドでありながらも、どこか切なさの残る結末のことです。
実際の映画やゲームなどを例に挙げてしまうとそれらの作品のネタバレになってしまいますから、たとえば……「泣いた赤おに」のような少しBitterな余韻が残る物語といえばイメージしやすいでしょうか。
病気になったからといって終わりじゃない。
エンドロールの先まで続くのが人生です。課題が残るエンドロールの後に続く人生を支えてくれる存在がいる。そんな目立たないけれどとても大事なことを伝えてくれる本作は、日々頑張りすぎている生活者にこそ手に取って欲しい。そんな1作です。
レビュアー
静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。