欲望のおもむくままに……!
かつて俳優として舞台や映画で活躍し、その後に政界へ進んだとある女性が、報道陣の前で「食べるところは撮らないで」とカメラマンをピシャリと制止するのをテレビで見たことがある。食べることって、実はとてもパーソナルな行為なんだなあと思った。
たしかに知らない人の前で食事をするのは居心地悪い。そして反対に親しい人と食卓を囲むのはとても幸せ。しかもそれが美味しいご飯だとなおさら幸福だ。なんであんなに快楽物質が出るのだろう。だからやっぱり「見られたくない」と感じる人の理屈はよくわかる。
『三度のメシと、アレが好き。』のヒロイン“杏珠(あんじゅ)”も、それはそれは情熱をこめて「よすぎる!」と言わんばかりに美味しい食事を味わう。
食レポが官能小説のようだ。全身全霊、無我夢中で食事に没頭している。
ポークチャップを「飲み物ですね!」と評する人、はじめて見たな……。でも「いっけない、また変な声出しちゃった」と慌(あわ)てている。なんで?
実は、杏珠は「変な声」にまつわる悲しい出来事に見舞われていました。
婚約者からひどい裏切りを受け、ついでのように告げられた婚約破棄(相手には既に別の相手がいる! オイ!)。
杏珠の心をえぐるような展開はまだ続きます。
自分の浮気を棚に上げて何を言うかと思えば「たまに食べてるとき変な声出すクセやめてほしかったな」「男より食べる女の子はオレは無理だわ」。なんだそれ!
でも念の為もう一度見てみましょうか、杏珠が「美味しいものを食べたとき」の反応を。
婚約破棄の理由にされたらたまったものじゃないけれど、たしかにユニークではある。なんだろう、聞くとそわそわするというか、心がざわつくんですよ。
……ああ、ちょっとわかるかも。
そんなおおらかで大胆な欲望を抱える杏珠に目をつけた人物がいます。
シェフの“槇”。杏珠の通う料理教室で講師をつとめた人物です。鯛を美しく捌(さば)く槇の手つきを見て杏珠は「なまめかしい」と思います。やっぱりちょっとエッチな人なのかも!
カリスマシェフの裏の顔
杏珠の実家はレストラン「アンジー」を経営していました。
で、婚約もしたし、自分は料理が苦手だし、お店の売却手続きを進めていました。そんななか急転直下で襲ってきた婚約破棄。しかも会社も結婚を機に退職しようとしていたので、生活面でもピンチ!
でもね、少女マンガの世界ではそんな時に限っていい男が必ず現れるもの。
料理教室で出会ったイケメンシェフの槇が杏珠のもとに再び現れ、すてきな提案をします。
傷心の杏珠のために美味しい料理を作り、存分に食べさせ、「そのままで充分とても魅力的」とまで言います。身も心も存分に満たすわけです。夢か! 二つ返事で了承する杏珠。
ところが。杏珠がOKを出した途端、槙は態度を豹変させます。
ええええ!
羊の皮を脱ぎ捨てたあとの槇はズケズケと杏珠を「おまえ」呼ばわりするし、すでに杏珠のお店(つまり杏珠の住まい)すら買い取り済み。
もしかして杏珠は男運がめちゃくちゃよくないの?
抗えない。なんだろう、悪いヤツではない気がしてきた。
お店が欲しいの? それとも?
すこぶる口が悪くて失礼な槇ですが、料理の腕は一流。食欲に身を任せて生きてきた杏珠には、彼の腕が一流であることがよくわかります。そして!
どうしても性的な目で見てしまうのです。この表情、ちょっと一口食べてみたいなって絶対思ってる!
それに、ただお店が欲しいだけなら杏珠を追い出してハイ終了ってなるはずなのに、杏珠を自分のそばに置きたがる槇の本音も聞きたいところ。本当にお店が欲しかっただけ? 槇の作る絶品料理を食べて身悶えする杏珠に掻き立てられるものがあるんじゃないかしらと、同じく食欲強めの私は期待しています。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。