“王子様”から逃れられない
各話読むたびに「ウワー!」とウロウロしてしまう。怖い、でも進展してほしい、でもでも、進展したら大変なことになる。あっちもこっちも危険地帯でどっちに転んでも嫌な予感しかしない。寒気がする。なのに恋愛漫画だから読むと体温が上がる。自律神経がどうにかなりそうだ。
『恋は妄毒』の恋が「成就」してしまった世界を見てみたい。
白いものはうんと白く、黒いものはドス黒い。耽美だ。
ヒロインの“莉帆子”は、物語の冒頭で読者である私たちにあることを宣言する。少女漫画の世界にずぶずぶ沈む27歳の女が、“現実の男”をみてどう思うか。
「紳士だな」と折り合いをつけてみようとするけれど……、
自分が夢見てやまない“王子様”と決別することなんて、とうていできない。
たとえその王子様が「人を殺したい」と明言する男だとしても。
「いざ見つけてしまったら諦められるわけがない」
莉帆子が理想とする恋愛相手は少女漫画に出てくるような王子様。少女の頃から27歳の今に至るまで一貫している。
理想の人が現れないから、誰とも恋をしたことがない。同級生がバンバン結婚しようが理想はゆずれない。(SNSで見る地元の同級生の1人称が「ウチ」なのがなんともいい。「いいね」が16件というのも絶妙にリアルだ)
莉帆子は、莉帆子の好みを知っている親友の紹介で、ある美しい男と出会う。25歳で、裕福で、料理も掃除もうまくて(対する莉帆子は料理に興味がないし部屋もきたない)、優しい性格。女遊びもしないどころか性体験もまだ。まさに莉帆子の好みど真ん中。
でも、その王子様には致命的な特徴がある。文字通り「致命的」だ。
この美しくて優しい男は、冗談でもなんでもなく本気で「死んでもらえますか」と言っている。名前は“頼人”。彼は人を殺すことに性的な魅力を感じている。
でも本作で恐ろしいのは、頼人そのものではない。私が一番「こわ!」と思ったのは次のページだ。
初対面の場に同席する兄が慌(あわ)てて弁明するのも不気味だし、頼人の笑顔も怖いし、なにより莉帆子の視線のゆらぎが恐ろしい。
そう、莉帆子は自分が諦めかけていた“王子様”に出会っちゃったのだ。「女にも男にも勃起しない。殺したい」と明言する男だとしても、頼人は莉帆子の王子様。絶対に結ばれたい!
だから、なりふりかまわずダイレクトに申し込む。盲目的かつ体当たり。
でも怖いだけじゃないのが『恋は妄毒』のいいところだ。
恋愛経験のない莉帆子が「私の体に欲情して(そして結婚して!)」と頼人に迫る場面は本当ならいろんな意味で危ういはずなのに、同時にすごくコミカルだ。
不器用かつ豪快に誘惑する莉帆子と、淡々と応じる頼人のやりとりが面白い。
そしてうっとりするような瞬間もたくさん待っている。なぜなら恋愛漫画だからだ。
ああ、指も睫毛もみんなきれい。このまま成就してほしい……と思ったらこの後すさまじく肝が冷える展開になる。恋を実らせたい莉帆子が熱っぽい表情を見せるたびに、それは頼人の衝動とセットになっているからだ。いろんな意味で心拍数が上がる。
こんな恋、だれが応援するのだろう? でも止まらない。
登場人物が隅から隅まで濃厚で危なっかしい。やすらぎは莉帆子と頼人の純愛だが、うまくいくのも心配だ。ただ、なにかしらの「成就」に向かうルートは確定しているので、指の隙間から覗くようにしながら続きを待っている。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。