私のことが好き過ぎる
「盲目的に誰かに愛されたい」という願望をかなえてみせるのが溺愛系の少女漫画なのだとしたら、『私とこわれた吸血鬼』は溺愛につぐ溺愛で、なのに「幸せだねえ」と両手を広げてのんきに喜ぶことができない。「もっと、もっと」と喉がカラカラのまま溺れてしまうような物語だ。
どんな人に溺愛されるのか?
ヒロインが口移しで与えないことには“食事”すらまともにとれない男。
彼は幼なじみで、幼い頃からずっと“私の王子さま”だった。
今もそうなんだろうか? ものすごくお金持ちではある。大きなお屋敷に住まい、クレジットカードは好きに使ってとヒロインに預け、高価なジュエリーもなんでもあげようとする。
じゃあヒロインは? どんな女の子が溺愛されるの?
身を捧げに捧げて誰かの世話を焼く貧しい女子大生。支えがほしい、愛されたい、お金だってほしい、でも、彼が差し出すものをちっとも受け取れない。だって、王子さまだったはずの彼は“吸血鬼”で、それも“こわれた吸血鬼”だから。
王子さまがくれた苺
むかし、主人公の“樹(いつき)”は一人ぼっちだった。ごはんもないまま両親の帰りを待つ女の子。待てど暮らせど両親は帰ってこないし、お腹は死んでしまいそうなくらいぺこぺこ。
そんなとき見知らぬ男の子が現れる。“ようちゃん”だ。
ようちゃんが差し出した苺を口いっぱいに頬張り、果汁が口からダラダラと溢れるのも気にならない樹が痛々しい。しかし、なんだかエロティックじゃないだろうか? とても危うく妖しい。
そして、ようちゃんもちょっと不思議な男の子。
樹の血を舐めてうっとりした顔を見せたり、すごく運動神経がよかったり。でもそんなことは気にならないくらい、樹はようちゃんが大好き。
樹はただお腹を空かせていただけじゃなく、ちゃんと自分を見つめて愛してくれる人がほしかったんだね。なのに、ようちゃんは遠くへ引っ越してしまい、お屋敷には誰もいなくなる。
ようちゃんがいなくなったあと樹の人生は過酷なものになる。親はいよいよ本格的に蒸発し、借金だけはキッチリ残しているのでそれを樹が肩代わりすることに。大学に通いつつ家政婦のアルバイトで夜遅くまで働き、さらに弟と妹の学費を払い、身の回りの世話もやっている。なのに2人とも樹のことなんて眼中にない(ように見える)。
カーステレオが爆音で鳴らすワゴン車が夜な夜なやって来る……弟めっちゃグレてる! 樹は明るく健気に毎日がんばるけれども、その過剰な頑張りが一切報われないし、反比例するかのように絶望的なさみしさばかりが襲ってくる。
だから、いまでも“ようちゃん”が樹の心の支え。
「お金がほしい」というリアリティと、「お城でハッピーエンド」の現実感のなさが悲しい。もう日々めっちゃくちゃ辛いのだ。そして絶望と不幸がピークに達したとき、樹はようちゃんのお城に舞い戻る。
全身、口の中まで傷だらけ。かつて苺で口の中を真っ赤にしていた女の子が、今度は口の中を血でいっぱいにして、お城に向かって墜落する。
溺愛されるものラクじゃない
墜落した樹は、そこで変わり果てたようちゃんと再会する。
王子さまだったはずなのに地を這うようちゃん。実は彼は吸血鬼で、樹と同じくらい悲しい人生を送っていたのだ。
だから2人がこうなるのはごく自然なことに思える。
貪るように樹の傷を舐めとるようちゃん。かつて飢死しかけた樹を思い出させる。
やがて樹は“とある人物”に命じられ、ようちゃんの身の回りの世話をすることに。
お腹がすくたびに口移しで血を飲みたがる吸血鬼っていいなあ。壊れてる。しかも樹自身の血を吸うことはしないのだ。一線を越えそうで越えないジリジリした危うい関係がいい。
そう、2人の関係には少女漫画らしい可憐さもある。
鎖にとらわれた苺のペンダントが樹のお守り。樹の心そのままみたいだ。
ボロボロになった吸血鬼と愛に飢えた女の子はどんな関係を築くのだろう。ようちゃんは血を口移しされても満足できないし、樹はようちゃんの欲求に応じつつも「好き」と言えない。でも、樹は与え続けるのだ。
溺愛される人は溺愛を引き寄せてしまう特性があるように思えてしょうがない。“食事”を与える側のはずの樹の顔が、むしろ欲しがっているように見えるのは、決して見間違いじゃないはずだ。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。