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2020.09.13

レビュー

陸奥圓明流は異世界転移しても千年不敗!!  「修羅」シリーズスピンオフコメディ

新しい「修羅」シリーズ

本作『修羅の紋』は、幾多の高山を抱く「修羅シリーズ」山脈の、新しく見出された峰であります。
ここにこういう山があることを知っていた人はないでしょう。かくいう自分も「いやはや、こうくるとは」とつぶやいてしまいました。まったく予想外だったのです。びっくりしたなあ。

同時に、おおいに喜びました。「異世界=剣と魔法の世界」に落ちてきたムツさんは、自分が誰なのか、なぜここに来たのかを知りません。自分の名すらわかりません。
しかし、陸奥圓明流の継承者ではあるらしい。技は身体が覚えていますし、なぜか技の名前も覚えています。

ああそうか、自分はムツさんが出てきて圓明流の技を出すだけでうれしいんだな、と感じました。同時に、「世の中には同じ思いの人がたくさんいるらしい」とも思いました。この作品が制作されるに至った最大の理由はそれでしょう。

殺人の技「陸奥圓明流」と『修羅の刻』

陸奥圓明流とは、『修羅の門』の主人公・陸奥九十九が扱う格闘技の流派の名です。ものすごく簡略化して言うならば、『修羅の門』とは「九十九が圓明流の技をつかって敵を倒す話」になります。

これだけなら、『修羅』は山脈と呼んでいいほどの広がりは持たなかったでしょう。だが、圓明流は千年の歴史をもつ古武術でした。それだけ古いものである以上、スポーツとして発展してきたものではあり得ません。幾多の戦乱のなかで殺人拳として継承されてきたものなのです。敵は刀であり、槍であり、弓であり、鉄砲でした。『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』はその歴史を描いたシリーズです。
主人公は「陸奥」を名乗る九十九の祖先たちであり、彼らは宮本武蔵と、沖田総司と、源義経と、織田信長と、戦ったり交流したりしながら、物語をつむいでいきました。

千年にわたり圓明流を継いできた人物はみな「陸奥」を名乗り、それぞれの物語をもっている。『刻』とはそれを描いた作品でした。読者はこのシリーズによって、「陸奥」姓をもつ人がたくさんあり、例外なく「チョー強い」ことを知ったのです。
『刻』がはじめて描かれたのは1989年ですから、長い人は30年以上、「陸奥が複数いる」ことを受け入れてきたことになります。

「剣と魔法の世界」に入ったムツさん

「剣と魔法の世界」を舞台にしてつくられたフィクションに接したことのない人はおそらく、ないでしょう。勇者がいて、姫がいて、賢者がいて、怪物がいて、魔王がいる。舞台は中世ヨーロッパ風。この基本フォーマットを使って描かれる作品はとても多く、『ロード・オブ・ザ・リング/指輪物語』や『ドラゴンクエスト』など、枚挙にいとまがありません。さらに、『スター・ウォーズ』など、この設定のどこかを改変してつくられた亜流をふくめれば、このフォーマットを使った作品は膨大な数にのぼります。

じつは、「剣と魔法の世界」は「人がキモチいいと思うパターン」だけを選んで構成されています。したがって、そのつもりがなくとも物語をつくるとこの世界に入りこんでしまうのです。意識して逃れようとすればわかりにくいものになってしまうため、厄介に感じる人もいるかもしれません。

本作はあえてこの世界設定を踏襲して制作されています。歴史の中に陸奥を放り込むことによって歴史物語を構成したのが『修羅の刻』なら、これは剣と魔法の世界にムツを放り込んだらどうなるかを描いた作品です。

たとえば、本作には「石に刺さった剣」の話が描かれています。これは英国のアーサー王伝説に語られた「剣と魔法の世界」の基本エピソードです。基本であるがゆえに、そのまま語られることは少なく、「誰が乗っても暴れる馬を乗りこなした、馬が人を選んだのだ」というように、モノやシチュエーションを変えて語られるのが主流になっています。
ところが、ここでは「石に刺さった剣」がそのまま描かれています。この作品のとてもおもしろいところのひとつです。



さきに述べたとおり、「剣と魔法」はわれわれが無意識に採用してしまうパターンの集大成ですから、これを逃れるのはとても困難です。ところが、ムツさんは「チョー強い」ために、そういう常識を超越しちゃいます。「石に刺さった剣」の話も、ちょっとあり得ないような解決が与えられています。
ひょっとするとムツさんは、剣や魔法を操る敵と戦いながら、「世界そのもの」とも戦っているのかもしれません。本人は意識してないだろうけど。

旅は続いていく

原作者の川原正敏先生はボケツッコミを描くのがとてもうまい作家です。ともすれば陰惨になってしまう物語を楽しく受け取ることができるのは、キャラクターが演じるボケツッコミによることがとても多くなっています。

コメディ・タッチで描かれる本作は、これがふんだんに取り入れられています。なにしろボケ×3とツッコミ×1の4人パーティーですから、おもしろくならないはずはありません。

読者の多くはお気づきでしょうが、現在のところ、ムツさんが披露している圓明流の技は『門』などではあまり大きくあつかわれなかった技です。早い話がおいしいところはまだ出てないわけで、旅がさらに続くことはまちがいないでしょう。この世界にムツさんが来た意味も、帝国の支配とはどんなものかも、これから語られるはずです。
「ああ、うれしいなあ、これからは継続的にムツさんが見られるんだ」
そう感じている人も少なくないと思われます。
知らない人は、ぜひこの機会に接してみてください。どの作品を読んでも、ムツさんはチョー強いから。

レビュアー

草野真一 イメージ
草野真一

早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。https://hon-yak.net/

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