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2020.04.29

レビュー

諸葛孔明が現代日本に転生!? 新たな戦場、渋谷でパリピ達とチャラめなクラブへ──


2017年に『私人警察(1)』のブックレビューを担当したのがきっかけで、小川亮先生の大ファンになりました。

魅力的なキャラクター、グラフィックデザインのようなコマ割りのモノトーンのバランスの美しさ、スピード感が気持ちよい物語の展開、ストロークの長い曲線美は、ずば抜けたセンスを感じます。とても素敵な個性のある漫画を描く先生です。『私人警察』が完結した後、次はどんなキャラでどんな物語だろうと、新作を楽しみに待っていました。

2019年、年末。年越し用意をしてゴロゴロしていた家でiPadをいじっていたら、ついに待望の新連載のニュースが届きます。作品名は『パリピ孔明』。パ、パ、パリピ!? 最初、お知らせを見てびっくりして3度見くらいしました(もっとしたかも)。パリピというウエ~イ! な言葉と賢くお堅いイメージ・孔明。この言葉のギャップカップリング、なんぞや!? と。パリピという故事成語があるのかなぁ? くらい動揺しました。羽里比(なんとなくそれっぽい漢字を頭の中で並べてみたり)? 「亮」繋がりかな? などなど。

軽い混乱を抱きつつ、さっそく1話目の配信を拝読します。

■孔明復活! しかし復活した場所は令和の日本!?

物語は孔明の死から始まります。

西暦234年中国・五丈原。

孔明は戦乱の中、病に伏しその命の最後を迎えようとしていました。人間が死ぬときに見るという走馬燈でしょうか、共に戦い続けた武将たちが夢枕に出てきます。
自らの生涯を深く思い出し、そして、そっと願います。

「平和な世界に生まれ変わりたいものだ‥‥」と。

ふと気づくと孔明は見慣れない街にいます。己の行いを省みれば、きっとそこは地獄であろうと思っていた孔明。しかし孔明がいるのは、ハロウィンで盛り上がる令和の日本・東京渋谷。

街で盛り上がる若者から酒をもらい、勢いでクラブのイベントへ連れて行かれます。

爆音とお酒、ハロウィンで盛り上がる店内。運良く孔明は馴染んでしまいます。

まだまだ地獄だと思っている孔明。大音量に少々気後れしますが、そこで始まったのがボーカル・EIKOの歌でした。なぜか彼女の歌声に惹かれる孔明。

すっかり歌声に惚れ込んだ孔明はEIKOと少しだけ会話をしますが、そのまま客に紛れてしまい、泥酔して店の外で寝ていました。

酔いつぶれて寝ている孔明を面倒がるも、それでも自分の歌を褒めてくれた人だからと心配する英子は、仕方なく孔明を連れて帰ります。

英子の家で意識を取り戻した孔明は、自分が若返って生きていることを知ります。互いに自己紹介をしますが、ここでついにあの決め台詞が出ます。あれです。

数々の漫画や映画で描かれる孔明の有名な自己紹介です。

「姓は諸葛。名は亮。字を孔明と申します」

読者として、この決め台詞がどこで出てくるかワクワクしていたので、どーん! のコマにときめきました。寄席で聞くかけ声が心の中でこだまします。「待ってました~!」と。やはりこのコマを見ると、諸葛孔明の漫画なんだなぁと実感します。

英子にスマホの使い方を習い、学習していく孔明。だんだんと使いこなせるようになり、歴史を検索します。そこには自分の死後の世界が書かれていました。自分の命をかけて愛し守っていた国はもうない。ライバルに滅ぼされていた。そしてそのライバルたちも、今は幻のように存在しない。

1800年後の誰ひとり知る人がいない世界にやって来てしまった孔明。自国の滅亡の歴史を知ります。生まれ変わってやって来たこの地は平和かもしれない。戦はないかもしれない。しかしここには孤独がある。感傷が静かに胸をよぎります。

そんな孔明を察した英子は、優しくギターで弾き語りをします。優しい歌声に、共に戦ったこの世にいない仲間を想い、孔明は静かに涙します。

■生まれ変わった世界で生きる決意。まずは働こう!

孔明は生まれ変わってやってきたこの世界で生きていこうと決意します。何をするにも軍資金は必要なもの。まずは仕事を探すことにします。

最初に選んだのは英子の働くクラブでした。クラブのオーナーは大の三国志好き。なぜか面接のはずが歴史語り会になってしまいました。


オーナーからの質問は「なぜ馬謖を街亭の守りに就かせたのか」でした。学者の憶測ではなく本人からの回答なので、これは見ていてドキドキ。オーナーが羨ましくもあります。「はっ! これは公式ではないか! 公式に質問できる喜びではないか!」と。

もちろん、孔明はバイトに採用されます。オーナーも三国志の話ができる人が見つかって大喜び。

いよいよここで物語は、クラブで働く孔明・夢を追いかけて歌う英子・影で支えるオーナーの3人が繋がり、広がりを見せます。

孔明は英子に言います。



「私があなたの軍師になります」

この言葉が本作の主軸になります。

■面白いだけではもったいない! 歴史はアイデアの宝庫

『パリピ孔明』という強めなタイトルから、色物漫画のように感じてしまう人もいるかもしれません。しかしこの漫画、ただ面白いだけではないんです。

実際に歴史上に存在する諸葛孔明の兵法を、現代の若者文化にわかりやすく置き換えて、仮説で説明しています。兵法をとても丁寧かつ緻密に描写しています。

若い世代には学校で役立つ知識になるかもしれません。社会人には仕事でかなり役立つアイデアになるでしょう。しっかりした歴史と兵法を噛み砕いて、読みやすいストーリーに落とし込む原作者の力量、それをしっかり見せてくる画力。原作者と漫画家の絶妙なタッグがガッチリとはまって、とても良い「漫画らしい漫画」にまとまっています。

歴史の説明をト書きに頼る漫画は多いですが、『パリピ孔明』は本文の中に意味や説明を入れます。時にはかわいいイラストにして説明したり。

その親切さと丁寧さは、歴史が苦手な読者でもスラスラと止まらずに読めるのではと感じました。逆に歴史好きの方であれば、自分の見解と漫画を比べて楽しむこともできるでしょう。

手詰まりでアイデアが必要なとき、歴史から学ぶというのはよくある方法です。何千年経っても人間が人間であることは変わらない。心と身体と行動はあべこべなことが多いのは人間皆に当てはまります。そのあべこべの人間らしさの問題を解決する方法は、歴史に隠されていることが多々あります。

歴史そのものの知識は、今を生きる自分にそのまま当てはめることができるとは限らない。そこで例えの置き換えが必要になります。『パリピ孔明』の漫画としての面白さは、この「例えの置き換え」が大変秀逸なこと。

三国志の名軍師・諸葛孔明の兵法から面白い例を取り出し、現代のクラブカルチャーに置き換えて語る。三国志の勉強にもなるし、現代に生かすヒントにもなる。自分で歴史の置き換えまでできる人は少ないので、漫画というエンターテインメントを上手く取り入れて、人生のアイデアストックにする。

難しい話を難しくなさそうに演出して、たくさんの読者に歴史とアイデアのヒントを楽しく届ける。なんて素晴らしい漫画なんだろうと思います。連載からじわじわ人気が伸びてきてTwitterのトレンド入りを果たすくらい底力のある漫画です。

歴史からの叡智を置き換えて届けてくれ、若者から大人までみんなが楽しめる漫画です。ぜひ単行本でまとめて読んでいただけると嬉しいです。魅力的なキャラたちがいろいろな兵法を説明してくれます。

おまけ。

漫画を読んでいて三国志の歴史がわからなくなったら、孔明さんと同じようにネットで検索を。私も戦法で忘れた部分を検索して調べながら読み進めました。三国志の知識がなくても問題なく読めますが、歴史の情報を少し補完しながら読むと面白さがUPします。

自分のWikiを読む孔明さん、ちょっとかわいい。

レビュアー

兎村彩野 イメージ
兎村彩野

AYANO USAMURA
Illustrator / Art Director
1980年東京生まれ、北海道育ち。
日常を描くイラストが得意。好きな画材は万年筆。ドイツの筆記具メーカー LAMY の公認イラストレーター。
著書『万年筆ですぐ描ける!シンプルスケッチ』は英語翻訳されアメリカでも販売中。
趣味は文具作りとゲームと読書。
https://twitter.com/ayanousamura

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