少女の心を奪うダークさ
少女マンガが放つ魅力は、その作品を一緒に読んだ女友達の姿とセットで記憶にしまわれている。由貴香織里さんの作品もまさに「ある同級生」のことを私に思い出させる。かしこくて、オタクで、綺麗なものをいっぱい教えてくれて、広いお家に住んでいて、学校では少し内向的な子だった。同窓会でもSNSでも再会できていない。
『落園の美女と野獣』を読んで彼女と一緒に過ごした放課後が頭に浮かんだ。大人なんかとは違うヒロインになることを諦めていないし(お互い絶対口には出さないけど)、わかりやすい女になるのもイヤで(これは匂わせまくった)、美しいものに憧れる。由貴香織里さんが描くファンタジーは、そんな私たちとすごく相性が良かった。
本作にも女の子の頭上でゆらゆらと揺れる薄暗くて透明な嵐がつまっている。退廃的な世界と、頼りない自分の心に自分で穴をあけていくような言葉の海。こんなお伽話が必要だったんです。
誰にも似ていない「美しくない私」の不幸
"ベル"は人とは違った色の髪をもつ少女。彼女は自分の髪の色が父親とも母親とも似ていないこと、そして母親を深く愛する父親が、自分の髪を決して撫でてくれないことを知っています。
フラックスの花を調べてみたら本当に淡くて優しい色の青紫でした。ベルは、ある日「赤い薔薇」を求めて母親と森に入ります。自分を少しでも素敵に見せてくれる花が欲しかったんです。でもそこは恐ろしい"野獣"が出るといわれる禁断の森でした。
恐ろしい野獣が現れます。食われちゃうか? と思ったら、この野獣は奇妙なことを口走ります。
どうも野獣は「とにかく一番の美女」を探している模様。「美」は本作のキーワードです。
美しい母親は「この子は美しくない」と叫び、ベルを川へ突き落とし、1人逃します。ここで私たちは「ああ母親は身代わりなんだ。機転を利かせて美しくないと言ったのね」と思うのですが、自分の容姿に悩むベルは深く傷つきます。
この「美しくない」と言う呪いが繰り返し登場するんです。しかもベルは不幸続き。
母親と思しき死体が発見されます。顔だけを奪われた猟奇的な姿。
父親はベルを責め、「美しいのはママだけ」「お前は醜い」と語りに語り、ベルを幽閉します。もう、どん底! この父親が本作の呪い製造マシーンというか、とにかく語りまくり。ずっと尾を引きます。
そして数年後。ベルは「私は悪い子。私は醜い」と信じ切ったまま、家に閉じ込められたまま、成長します。でも外に出るんです。それは野獣に再び出会ったから。「あること」を確かめたかったから。ここから彼女の人生がまわりはじめます。
ちゃんと美しくないヒロイン
本作を読んでいて凄いなあと思うのは、ベルが正統派の美女ではなく、いつも険しい表情をしているところです。目をギョロギョロと泳がせ、絶叫し、笑わない。
ベルは、とある出来事をきっかけに恐ろしい"野獣"と不思議なお城で共同生活をはじめます。名前やお城での同居は「童話・美女と野獣」をベースとしていますが、本作のベルは、聡明で可憐で読者みんなが安心して大好きになる隣の娘さんキャラとは正反対の少女です。
でも彼女には複雑な魅力があります。
こんなに猛々しいのに、「自分は美しくない。だから愛されない」と深く傷ついて混乱しています。「そんなことないって。あなたは綺麗よ!」なんて気軽に言えないんですよ。ほんと苦しそうだから。
彼女の悪夢に「うるせえ」と蹴りを入れてくれるのが野獣です。こうやって、自分の混乱した現実を突き崩してくれる存在。10代の頃の夢でした。ほんと欲しかったなあ。
ああ、良い……! こういうシーンを夢想した当時の私と友達が目に浮かぶ。退廃的なお城と、薔薇と、人外の男と、美しくないと悩む少女。そしてフリルでいっぱいのドレス。耽美で危ういものをたくさん描いてきた作者が「美」と「醜」の物語で見せてくれるのは、いびつな純真を抱えた少女のための、禁断の初恋です。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。