この関係だからこそ、おいしい
『ながたんと青と』という不思議な名前のこの漫画は、いろんな角度でおいしい。やさしくて、滋養があって、ほろ苦いのに甘い。どんなエッセンスが入っているんだろうかと想像しながら読んでしまう。登場するお料理もレシピもおいしそう。
舞台は戦後の京都。東山にある老舗料亭「桑乃木」の長女“いち日(いちか)”と、いち日の婿になった“周(あまね)”との物語です。
結婚当初、いち日は戦争で夫を亡くした34歳で、周は19歳の大学生でした。
年の差婚!!!
でも、甘くて楽しい新婚生活とは程遠くて。いち日の実家である桑乃木は経営難。周の実家(大阪でホテル業を営む有力者!)からの資金援助を受けて桑乃木を守りたい! もちろん周の実家にも思惑はあって……。
家同士、というか登場人物それぞれの胸に思うところがいっぱいあって、方向性もまるで違う。そんな結婚です。
結婚式の日にやっと好きな食べ物を知る距離感。「はあ」という脱力しきった周の応答と、いち日の「ああ それは悪くない」という含みありまくりな心の声。すごく好きな場面だ。
つまり、お互い恋い慕っているわけでもなんでもないし、なんならちょっと気に入らない状態で始まった夫婦な訳です。ドライ? いえ、しっとりやわらか。この関係だからこそおいしい。とくに第4巻で立ち昇るなんともいえない色っぽさ。
年の差はひらいたまま。言い合うところもそのまま。でも何かがちがう。これを待ってました。
「青と」の本領発揮
何がふたりを夫婦にしているのでしょうか。
まず、いち日と周には共通の目標があります。それは桑乃木を立て直すこと。いち日は料理人として、周は戦略家として。
寝室は思いっきり別だけど同志です。夜も障子越しに作戦会議。
そして、お互いへの敬意があります。いち日は、周の実家はさておき周のことを仕事仲間として深く信頼しているんです。周の知性と熱意は偽りのないものである、と。周もいち日の料理人としての腕と心優しいセンスをリスペクトしていますし、いち日の存在こそが桑乃木再興のカギになると信じています。
料亭で出すお酒の試飲ですが夫婦の晩酌でもあり、楽しそう。
たまらんね。レシピと調理シーンもちゃんと描かれているのでお楽しみに。おいしいものを作って、おいしいおいしいと食べて、仕事のことを話し合って……距離はあるのに揺るぎないふたりの間に、恋愛感情は育つ?
4巻では、いよいよこの点が浮かび上がってきます。
が、もう不器用の連続です。とくに周。頭脳明晰で言いたいことをハッキリ言う「青と(=青唐辛子)」のような男の胸に秘められたものが、こんなにこんがらがっているなんて。
ふたりは、お互い「好きな人がいます」と言い合ってドライに結婚したはずでした。
あの男がいち日の好きな人かもなあ、なんてぼんやり考えていたのに。
なんだか最近もやもや。顔まで覆っちゃう。
自分自身でも全然整理がついてません。繰り返しますがこれが頭脳明晰な男の姿です。彼は「素直になれない」よりも複雑で不器用な感情を抱えています。女に対しても不慣れだし。よって、いち日に見せる態度もこんな感じ。
飲みなれないブランデーをあおってポロリと口に出すのは「いち日の好きな人かなあ」と勝手に想像していた男のこと。酒の勢い! 明晰さはどこに行ったの? いち日だってびっくり。
なぜなら、いち日は周の「好きな人」のことを知っています。厄介な恋愛を抱えた大学生が自分のお婿さん。自分はうんと年上だから、一度結婚した身だから、政略結婚で一緒になった女だから。私なんて周の恋愛対象にはなり得ないと思い込んでいます。だから仕事に打ち込んで、料亭を立て直すことに集中して……。
でも、いち日の「私なんて」という言動に周の胸が激しくざわつきます。
青との本領発揮。なんて遠回しに「あなたは素敵だ」を表現する男なんでしょうか。でも、19歳の不器用な人が精一杯あみだした言葉です。手さぐりを繰り返してここにたどり着いたことを思うと「かわいい~」なんて上から目線で言えないや。
仕事でははっきり言い合うふたりなのに、「好き」のような直接的な言葉はありません。だからこそ読んでるこちらには複雑な苦さと甘さが伝わります。青々しさとその奥に潜む辛味もおいしい。忘れられない味の漫画です。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。