マシュマロ製のトラック
「一番忙しい時期はさ、交差点でぼーっと信号待ちしてると、あぁこのままトラックがぶつかってくれないかなーって毎日思ってたよ、わはは」
とあるゲームクリエイターが極限状態の心境を語ってくれたとき、一番ヤバいなと思ったセリフだ。私は「トラック来い」と願ったことはないけれど、疲れると「裸足で缶ビールのんで踊りながら帰りたい」などのダメなことをたくさん想像する。
『娘の友達』が描く世界も「ダメなこと」だ。
パツパツに張り詰めた人をクリームパンではさみこむようにしながら少しずつインモラルな世界に連れて行く。
「人をダメにするソファ」に身を沈めた時の感覚を思い出した。音もなく沈み込んで「い、いいの……?」と戸惑うあの心細い快感。
ヒロインの“古都(こと)”は何者なんだろう。例えるならトラックだ。鋼鉄じゃなくマシュマロで作られた甘いトラック。それが“現実”から遠くはなれたところに吹っ飛ばそうとする。誰を吹っ飛ばす? ……『娘の友達』はそういうマンガだと思う。
疲れませんか?
主人公の“晃介(こうすけ)”は中年のサラリーマン。1年前に奥さんを亡くし、今は高校生の娘と2人暮らしです。
娘は少し前から学校を休み、自分の部屋にこもりがち。
都心の家具メーカーで働く係長で、最近課長に昇進する内示が出たばかり。
「真面目に働く中年サラリーマン」を絵に描いたような男性で、はたからは「わりと上手くいってる普通の奴」と見られがちなのですが、本人は毎日イライラ。タバコの消費速度も半端ない。ストレスの描写がとても丁寧で、晃介と一緒に自分も「ウワー!」となる。
娘の不登校の件で学校へ面談に行き、教師にボコボコに説教されたと思ったら会社から電話がかかってきてグッタリ。そもそも「至急の電話」をかけてくる人って大抵仕事ができないタイプなので余計イラつくんですよ。段取りをちゃんとしろ! ウワー!
そんなパツパツになってる晃介の前に現れるのが、「娘の友達」である“古都”です。
晃介の疲れ切ってカッサカサな姿とは対照的な、丁寧に育てられたんだろうなと思わせる可憐な女の子。名前の通りしっとり。全ページほんと可愛い。
古都と晃介は、古都のバイト先(喫茶店)で顔見知りでした。喫茶店の客さんである晃介が“みーちゃん”のお父さんで、しかも“みーちゃん”の不登校が学校で問題になっていると知った古都は……?
しょうもないナンパ相手は「すみません私LINEやってなくて」と無難にかわす少女が「LINEを交換して」と言うんです。「お父さんの力になりたいです」と。
じゃあ、古都の言う「お父さんの力になる」って、どう言う意味なのでしょう?
これです。みーちゃんサイドへのアプローチじゃなく、お父さん本体に向けられています。晃介の疲れた心を解きほぐすようなことを、娘の友達である古都は繰り返し行うんです。まさかの展開。
晃介もこの反応。そう、晃介は普通の中年男性。それこそLINEのことを「メール」と呼んだりするような。しかもモラル強め。娘の友達に頭をよしよしされたり、他愛もないLINEが毎日きても「よし、おじさん、頑張っちゃうぞ!」なんて全然思えない。
でも、ちょっとずつインモラルの世界に入っていくんです。
古都からの「癒し」に少し心がほぐれても、現実はビクともせず。
会社の同期もマジでしょうもないし。この晃介の虚しげな姿。こういう時の虚しさって「こんなやつと同じ組織に俺はいるのか……」っていう自分へのやるせなさもプラスされるのでしんどいはず。ウワー! そんな晃介のストレスと足並みを揃えるように古都の行動もどんどん大胆になります。
疲れと古都のサンドイッチで、もう何が正しいのか全然わからないよ……。そして2人は現実を少しずつ踏み外してゆくことに。
手加減なしのミドルエイジ・ミーツ・ガール
『娘の友達』は中年男性の夢なの? そう尋ねられたら、私は即答できません。古都がむちゃくちゃ可愛いことは保証します。火照った頬も、一度も染めたことがないような黒髪も、制服のシワも、やさしい言葉遣いも。リアルわたあめ。でも、そんな古都は、大人を無邪気に喜ばせる都合のいい存在ではありません。しかも小悪魔でも小鹿でもないんです。
「何か」をきちんと晃介から取ろうとしています。奪うことも奪われることも両方望んでいるようで、このフェアさにゾクッとくる。だから、晃介というミドルエイジは、本当に「女の子」に出会っちゃったんだなと思います。
ということで、手加減なしのマンガです。やわらかい存在に音もなく吹っ飛ばされ、現実から足を踏みはずす危うい大人を湿度高めで描いています。しかも現実そのものは吹っ飛ばない。そしてそれは、たぶん古都も同じ。ああ目が離せない。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。