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2019.10.19

レビュー

#つながりたい。心を縛るものから抜け出したい。でも、本当は抱きしめられたい。

望んで生まれてきたことはない。望んで親を選べない。

家族という小さな宇宙は、外から見るとプラネタリウムに見える。内から見ると日の昇らない暗黒の闇。「家族」とはなんであろうか。「家庭」とはいつそこに誕生したのであろうか。

日本海と三角州に囲まれた地方都市。主人公・畠中由美子は高校2年生。どこにでもいる高校生。しかし、彼女の家族は「かなり酷いアル中の父」「疲れ切っている母」「家出した弟」「拾われてきた犬」と、安らぎとは遠い環境だった。

友達はいる。映画研究部で部活動もしている。朝起きれば学校へ行くし、夕方には家へ帰り、崩壊した家族の中で静かに眠る。普通のようで、何をもって普通と言えばよいのか。彼女の暮らしに、きっと心地よさはないだろう。

諦めと希望はセットになっている。この街を出たら、自由になれる。日々のひどい現実の中でもかすかな希望を持ちながら生き抜く。とても不安定な居場所で、孤独だろう。社会と繋がっていたとしても、人は簡単に孤独から解放されることはない。

同志として繋がるふたり

高校の文化祭の準備中、ふと訪れた他のクラス。由美子はひとりで黙々とプラネタリウムを作る時田と話す。時田は由美子の映画のレビューに共感できたと話してくれた。

文化祭当日、プラネタリウムへ遊びに行くと、そこには時田が完成させた宇宙があった。時田は厳しい父に暴力をふるわれ、力で押さえ込まれ勉強漬けの日々を生きていた。父の機嫌と暴力に怯え、静かにやり過ごす日々。学校で見せる優等生の本当の姿は、高校を卒業して家を出て自由になることだけを希望に生きる男の子だった。

ふたりは街ですれ違えば、ごく普通の高校生らしい高校生にしか見えないだろう。彼らの中に広がる孤独や諦め、大人たちへの絶望、そのなかで大事に育てている6等星のような希望。似た者同士は、恋愛でも友情でもない気持ちで繋がる。同志のような。

家出していた弟から連絡が来て由美子が会いに行くと、弟はよくわからない先輩と違法大麻を育てていた。飼っていた愛犬のリンが父に殺され、その供養をするため一緒に海へ。昔より言動がおかしくなっていたり、目が充血していたりする弟。何か薬物をキメているのかもしれない、由美子はそう感じながらも、本人に聞くことはできず、背負い込んでしまう。

他者への想像力は優しさだから

『海の境目』は全編を通して、登場人物全員に裏側の顔があります。妊娠する友人、他人のゴシップに興味がある部活仲間、息子を恐怖で支配する父、痴呆が始まる祖母、一見どの人物も普通に暮らしているように見える。その普通は「普通」という仮面で、仮面の下の本当の顔はバランスを崩し歪む人間。

物語の人間関係は問題が問題を生み、どんどん悪化していく。その中で由美子だけが達観していて常にドライです。自身も決して恵まれた環境ではなく、厳しい現実の中にいますが、由美子の強さはそんな状況でも、誰か他人に対して想像力を使えること。相手の立場を精一杯想像しようとします。否定したり怒りを爆発させたりすれば、もっと楽になれる。でも由美子は達観していて、自分以外の人のことを考えられる優しさを持っています。

物語後半、時田と由美子は夜行バスで家出をします。計画的ではない突発的な家出です。ふたりで海の近くで花火をしながら、静かなおしゃべりをする。そこで初めて由美子は映画のレビューのコラムを時田のために書いたことを告白する。

絶対に救われる日がくる
だから大丈夫だって

この映画の最後に
そういうことを教えてくれるんだって

私はそれを伝えたくてコラムを
書いたんだよ

救われることのない人生だと思っていた時田は、初めて自分が「誰かに救われていた」と知る。孤独ではなかった、自分を見ていてくれる人はいた。ギリギリの切れそうな糸を由美子は繋いでいた。

誰かを肯定する優しさがある世界で

人はどんなときに孤独になり、息苦しくなるのだろうとこの漫画を読んで、ふと考えた。孤独とは居場所のなさだけではなく、自分の心が小さくなりすぎて、外側の光を遮断してしまうときなのだろう。

家族という小さな宇宙は、外から見るとプラネタリウムに見える。内側から見ると日の昇らない暗黒の闇。ただし、目を慣らしてよく見れば、無数の弱い光の星が実は存在していて自分と世界を繋いで見守っている。あと少し信じて粘れば、朝焼けは近いのかも知れない。

プラネタリウムの中で本当の星と偽物の星がわからなくなる。瞼を閉じて諦める。そのとき、人は孤独になる。

この漫画を21歳の漫画家さんが精一杯思いを詰め込んで、ぐるぐるに混ぜて描き上げてくださったことに感動と感謝をしました。主人公・由美子に一貫して微かな光(希望)を残して描き続けてくださったこと。絶望だけではない物語に、読者の私も読み終わったとき、救われた気がしました。他人を肯定する優しさは、この世界を少し良くする。

レビュアー

兎村彩野 イメージ
兎村彩野

AYANO USAMURA Illustrator / Art Director 1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始、17歳でフリーランスになる。万年筆で絵を描くのが得意。本が好き。

https://twitter.com/to2kaku

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