激しい。なのに“どこか”がいつも静か
『ワンダンス』は不思議なマンガだ。テーマはフリースタイルダンス、日本の高校生たちがエド・シーランのShape of Youに合わせて踊ったりする。エド・シーランは「街の音楽」だと思う。彼の歌声を一度も耳にせず渋谷や原宿を歩ききる自信がない。このあたりの要素を思うと「今だなあ」かつ「オシャレだなあ」だし、実際とてもスタイリッシュで美しい。ダンスシーンはどれも最上級。ひたすら眺めていたい。
ね? でも、私の胸に引っかかるのは、この美しさに加えて、例えばこんなコマだったりする。
吃音は「緊張」じゃなくて「スクラッチみたいなもん」だという説明や、
うん、なんの顔なのそれは?
ああ。なんとなくわかってきたぞ。「ダンスを踊っていない時間」にただよう静かでとらえどころのない空気。この空気とダンスの両方がめちゃ綺麗だ。
ダンサーって別にオラついているわけじゃない
主人公は“小谷花木(こたにかぼく)”。通称“カボ”。人と話すと吃音になる高校1年生です。入学ホヤホヤ。
目立たないことを是とするカボは中学時代バスケをやっていました。バスケのプレイスタイルもこんな感じ。
自分でシュートを決めにいくタイプじゃありません。高校でもバスケを続けたいと思うほどにはバスケに熱中していない様子。
ある日、カボは窓ガラスを鏡にして踊る“湾田光莉(わんだひかり)”を偶然見かけます。
「周りで誰かが見ているかも」なんて気にする様子もなく踊りつづける湾田さんにカボの目は釘付けに。……あれあれよというまにカボは湾田さんとダンス部に入ります。や、大丈夫? 絶対目立たないぞと心に決めてる男子がやる部活?
この感じ、よくわかる。あと、ダンサーってなんだか強そうに思えませんか? とくに湾田さんのようなフリースタイルのダンサー。
この印象です。そしてここを読んで猛省した。たとえ夜更けのビル街でズンズク踊っていようが、それと本人のパーソナリティとの関連性なんて決まっていないし、「ダンスを始めたら明るくなった」とか、そんな都合のいいもんでもないんですよ。そもそも明るくコミュニケーションを取りまくる必要がある? って話で。
TikTokもLINEも興味がない。
「喋ること」や「まわりを見ること」は自分の領域にないから、湾田さんは「ダンス」で自由に自分を表現するんです。湾田さんのダンスに触発されたカボの内面の揺らぎを見ていると胸が騒ぐ。あとカボを取り巻く友達、彼らも全員いい。
ダンスパートの力
ここまでは「内面」の話でした。ここからはその「内面が繰り出すダンス」について。ここのパワーがハンパない。本作を読むと「踊りたい」と思うし、なんなら「ちょっと踊れるんじゃない?」という気がしてくる。
ダンス部の先輩の「ダンス基礎講座」は毎回大変わかりやすい。
基礎をひたすら繰り返すカボ。頭の中では言葉がスムーズに流れて、言葉で動きを解きほぐすことができるんです。
そして、湾田さんのダンス。カボが最初に目撃する湾田さんのダンスは最高に綺麗でしたが、物語が進むにつれてますます美しくなります。
たまらんね。絵も文句なしにかっこいい。それにカボの観察眼もいい。「周りの様子を伺う」というカボの性質が、欠点じゃなく特質として活きている。すごく好きだ。
カボのダンスにも「今までのカボ」がちゃんと組み込まれています。だから余計にめちゃくちゃかっこいいんだと思う。何かを根こそぎ矯正するために踊るんじゃない、踊りたいから行動して、踊りたいから踊る。静かなところは静かなまま、ダンスが磨かれて美しくなる。
湾田さんの言う「ダンスは自由」が少しわかった気がする。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。