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2019.05.26

レビュー

こっそり想ってるだけで幸せだったのに……。冬の北海道・北見で始まる恋物語

一生懸命やっているのに空回りする。人生の中でそんな経験がない人は少ない。たとえば『ひとりぼっちで恋をしてみた』は、不器用で自分に自信がないとき、上手くいかないことが重なってどうしようもなく元気がないとき、微かな優しい光を見つけられる、そんな漫画です。

舞台は北海道の北見市。人口12万人ほど、オホーツク海に面した街です。長い冬は厳しい寒さが続きます。著者の田川とまた先生は現在北見市在中。住んでいる街を描いているので、世界の描写にリアリティがあります。

※1巻収録のおまけ漫画の一部より


漫画を読む前、著者も舞台も北海道という情報にとても興味を持ちました。私も高校時代は北海道の東部(道東)に住んでいました。北見市まで車で数時間離れた街です。なのでこの世界に描かれる「匂い」のようなものが、感覚的に理解できるような気がしました。

雪が降るから道幅が広いとか、高い建物が少ないから空が広いとか。マイナス20度まで気温が下がり、寒いより痛いと感じるほどの厳しい冬とか。そういうひとつずつのコマの描写が、記憶の中の雪のツンとする匂いと雪が降るときのしんしんという音を思い出させます。

先生に片想い。甘い秘密を抱えている

主人公・野田有紗は16歳の高校生。不器用で鈍臭い自分のことが好きになれません。いつも誰かに迷惑をかけて生きているように感じています。

そんな有紗には秘密があります。倫理の豊崎先生に片想いしています。
有紗は、こっそり美術室で先生の絵を描いたり、先生との恋を妄想して片想い時間を楽しんでいます。先生の似顔絵の輪郭をなぞるとき、学校で先生を見つけるとき、渡せないこと前提でバレンタインチョコを作るとき、ささやかな幸せが有紗の中にはあります。叶わない恋だとしても、自分の気持ちを大切にしています。

そんな有紗に事件が起きます。同じクラスの友人が、先生へ有紗からの本命チョコだと伝えて勝手に渡してしまいました。本命チョコをなかったことにしたく、先生に詰め寄ったときに、他の人からの贈り物だったガトーショコラを誤って落としてしまいます。粉々になって床に散らばるケーキをかき集めて謝ろうとする有紗。そのケーキの意味を話す豊崎先生。



優しすぎるあまり、不器用に生きてしまう

雪の中、学校からの帰り道。ケーキの事実を知った有紗の心は静かに壊れていきます。



後悔、悲しみ、救いようのない自分の性格・性分。ひとりになって、誰にも迷惑をかけないで生きていこうと決意します。決意してしまうほど自分を追い込んでしまいます。

「私の馬鹿が人に笑顔を強いる凶器だって事も」
家出してすぐに有紗が発する言葉です。

この言葉が読者である私に刺さって、しばらく先が読めなくなりました。不器用さをわかっている優しい人。どんなに器用に進めようとしても躓いてしまう人。自分がいけないんだろうなと身を引いてしまう。その気持ちの優しすぎる部分に読みながら泣きそうになりました。もし有紗が人のせいにするタイプならもっと楽に生きられるのでしょう。「自分が悪い」と自己肯定しにくい性格は、裏を返すとそこはかとない優しさなのではないかと感じました。

相手が自分に向ける笑顔に申し訳なさの痛みを感じる。けれど器用にもなれない。そんなとき、人は小さな孤独を持ちます。その孤独は本人しかわからないものなのでしょう。しかしその孤独は小さな失敗を重ねることで、少しずつ不安や絶望、諦めに育っていく。

有紗の中の孤独と、北海道北見市の厳しい自然の描写が、読者の心の中にエグく刺さってきます。「私の馬鹿が人に笑顔を強いる凶器だって事も」の台詞が、冒頭のひとりぼっちの美術室で、誰からも笑われず静かに過ごすことを喜んでいる有紗のシーンと対比されているようにも感じました。


家出も上手くできず、不器用さで所持金も失った有紗。ごみステーションで眠っていると、水商売をしている千晶に拾われます。



千晶との出会いで少しずつ変化していく有紗。何も聞かずに優しくしてくれる千晶。物語はここから大きく進みます。

2巻以降、有紗がどう成長していくか、千晶の過去や現在、優しさの意味など、キャラたちを見守りたいポイントがたくさんあります。涙別れになった先生とどう再会するのか、母親との関係は……。目が離せません。すでに楽しみすぎてワクワクしています。

人生には時に上手く行かない時期があります。不安と孤独を受け入れるしかないとき、どうしても素直になれないとき、人はその停滞した場所からどう成長して乗り越えていくか。誰と出会い、人との繋がりに気付き、生きることを学びます。失敗の先に何があるのか。読者としての私の中の不器用な部分が有紗と重なって、気付けば一生懸命応援して読んでいました。有紗を応援していると、自分の弱くて駄目な部分を一緒に応援しているような錯覚があります。

この恋の行く末を、生きることのしんどさの先にあるものを、勝手に応援しようと思います。有紗のために。自分のために。

レビュアー

兎村彩野 イメージ
兎村彩野

AYANO USAMURA Illustrator / Art Director 1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始、17歳でフリーランスになる。万年筆で絵を描くのが得意。本が好き。

https://twitter.com/to2kaku

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