「あなたたちはテロリスト予備軍です」
もしもいきなりそんなことを言われたら、誰しも「は!? 何をバカなこと言ってんの?」と思うだろう。
一般社会でごく普通に暮らす善良な市民にとっては、テロリストもカルト教団も、「自分とは無縁の遠い世界」。身近な場で何らかの事件が起きたとしても、「怖っっ!!」と思う程度だ。
だが、ここまで読んで、「自分がテロリストになるなんて、ありえない」と思っている皆さんよ。あなたこそ、この漫画の主人公、テロール教授のちょっと変わった授業を覗いてみた方がいい。
“ごく普通の日常”のすぐ隣には、あなたを騙(だま)し、「テロリストへと導く入り口」が確かに存在している怖さに気づかせてくれるだろう。
本作の舞台は、高偏差値を誇る名門大学・馬場大学だ。
物語は、新歓活動にわきたつ学内で、新入生・佐藤が、怪しげな雰囲気のボランティアサークルの学生から強引な勧誘を受ける場面から始まる。
断りきれない佐藤は、通りがかりの親切そうな2人の男女に助けられ、お茶でもと誘われるが、そこに「待った」をかけたのが、主人公のテロール教授、ことティム・ローレンツ教授だ。
彼らを追い払ったティム教授は、「カルトや危ない連中は、茶番をよくやる」「君みたいに優しそうな子は特に気をつけたほうがいい」と優しく佐藤に話す。
つまり、彼らはグルになって、気の弱そうな佐藤を何らかの活動に引き込もうとしていたのだ!
ティム教授から、「ウチのゼミで新入生相談会をやっているから」と誘われた佐藤は、迷いながらも参加する。
ドーナツが振る舞われるなごやかな雰囲気の中、佐藤は「自分と似た雰囲気の生徒が多くて居心地がいい」と感じる。そして、「なりたい自分を私のゼミで見つけてほしい」「何でも相談してほしい」と話す頼もしいティム教授や、優しそうな美人のTA(教授の補佐をする大学院生)に次第に惹(ひ)かれていくのだ。
佐藤はティム教授による選択授業のオリエンテーションに参加し、彼が話す「世界の貧困」に対する考え方などにも影響を受け、授業を選択することに。
しかし、そこに待っていたのは、豹変したティム教授だった。
授業を始めた瞬間、彼は「このテロリストどもめー!!!」と叫んだのだ!!
なんと、相談会からオリエンテーションを経て、学生に授業を選択させるまでの流れには、カルト集団が勧誘で使う常套手段が盛り込まれていたのだ!
そして、ティム教授は、「つまり、皆さんはカルトに引っ掛かかりやすいテロリスト予備軍でーす!」と言い放つ。
それまで見せた優しさのかけらもないティム教授だが、読者は、この話について、「なるほどお!! 確かに!!!」と思うだろう。
これまで佐藤がこのゼミに入るまでの過程を振り返ってみると。
(1)“困っている自分”を助けてくれる親切そうな人物が登場する。
(2)さらに、居心地の良さを感じさせる場に誘われる。
(3)そこには、頼もしい人や優しそうな美人がいて、仲間になりたいと思わせる。
(4)何度かその場に参加する中、“自分探し”や“社会問題の解決”などをテーマに、「よくわからないけど、なんか素敵っぽい」ことをもっともらしく語られる。
(5)そこに啓発され、カルトと気づかぬまま、自ら活動に参加する。
佐藤の視点を通じ、こうした流れを読み進めていく中、読者もまた、知らぬ間にカルト集団への入り口に足を踏み入れる怖さを、身をもって味わうことができる。
ティム教授は、反論する学生たちに、オウム真理教やアルカイダの例を挙げ、「テロリストには良い教育を受けた人もいっぱいいる」と説明してみせる。
そして、「これは反テロリズム教育であり、引っ掛かりそうな学生だけを集めた。脱落者がいたら警察や公安、米国国務省に通報し、要注意リストに載せてもらう」と脅す。
ドーナツを偏愛し、テロに関する話になればメチャメチャ怖い人に豹変する変人なのだ!
この漫画では、ティム教授の授業を通じて、さまざまな視点や切り口で、テロやカルトの怖さを知ることができる。随所で学生への課題を提示し、読者に考えさせる仕組みもあって面白い。
また、気の弱い佐藤だけでなく、理論的に反発する学生や、飄々(ひょうひょう)とした学生、のほほんとした女子学生など、様々なタイプも登場するため、感情移入もしやすいはずだ。
自分に似たタイプの登場人物の視点や行動を追ううちに、ごく普通の善良な市民が、いかに騙されやすいか、いかに自分が思い込みのもとに生きているのかを実感することができるだろう。
そう。この漫画の一番の面白さは、“ただのお勉強漫画”とは違うところにある。
各エピソードでは、カルトの具体的な手口や、思い込みから間違った判断をしてしまう過程などがリアルに描かれ、さらにその背景や考え方などを理論的に教えてくれる。
ストーリー展開の中で、「やっべ! そんなことになるとは思ってなかったわ……」と、読者自身も騙されていることに気づき、「いかに自分にもカルトにハマる可能性があるのか」を、実感できる。
つまり、“体験学習”ができてしまう漫画なのだ!!
「自分に限って、騙されるはずがない」「自分とは関係がない」と思い込んでいるあなたのその概念を根底から覆す、怖さと面白さを味わえるはずだ!
テロに興味がある人もない人も、自分の判断力に自信がある人もない人も、テロール教授の世にも恐ろしい授業を、ぜひ受けてみてほしい。
レビュアー
貸本屋店主。都内某所で50年以上続く会員制貸本屋の3代目店主。毎月50~70冊の新刊漫画を読み続けている。趣味に偏りあり。
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