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2018.04.27

レビュー

人が「正義」に目覚める瞬間は美しい! 圧倒的ヒーローショウ『スタンピード!!』

最初に述べておこう。『スタンピード!!』は「正義の味方」を描くエンターテインメント小説だ。
 
昭和も遠くなりにけり、というかそろそろ平成が終わる。そんな時代にあえて「正義の味方」──古今東西あらゆる作家が様々な角度から書きつくしてきたテーマに挑戦しようと思ったのはなぜだろうか? もちろんその答えは作者の頭の中にしかないし、ひょっとしたら作者の頭の中にさえ明確には存在していないかもしれない。だから、もし気になるというのなら読むしかないわけだ。『スタンピード!!』を。この浦土之混乱という人を食ったペンネームの漢(おとこ)が書いた「正義の味方」の小説を。

作品の舞台となるのは近未来の茨城県土浦市である。土浦市といえば2018年現在では「れんこんサブレ―」が有名な至って平和な町だが、『スタンピード!!』の世界においてはそうではない。作中の土浦は、とある事件の影響で日本屈指の犯罪都市と化している。シャルリー・エブドが襲撃されたフランス・パリでもなければミサイルと化学兵器の飛び交う中東でもないが、コンビニが凶悪犯に襲撃されたり手榴弾がポロリして飲食店が爆発するくらいのことは起こる。まともな人間なら越してきて3秒で転居を検討し、引っ越し業者に連絡をするだろう。
 
だが、そんな恐ろしい場所でさえ「平和」は保たれている。
 
何故か?
 
正義の味方がいるからだ。
 
たとえば、無壊護──土浦署“特攻一課”の「対凶悪犯制圧係」にして本作の主人公の1人、端的に言えば「やべー奴らをぶっ飛ばす」ことに特化した暴力装置の擬人化のような男。有り余るエネルギーを暴走気味にぶっ放し、警察署の窓ガラスやらパトカーやらをぶっ壊しながら凶悪犯罪を取り締まり、いつもやり過ぎだと課長にお叱りを受けている。そんな正義の味方が土浦を守っている。

「残念だったな、犯罪者。この俺がいる限り、お前らの好きにはさせねえよ」

魅力的なキャラクターだと断言して差し支えないだろう。小難しい理屈をこねたりしない、まっすぐ行って吹っ飛ばす。馬鹿だのなんだのと叱られながらも己の正義を貫き通す。一方で「ある事件」をきっかけに己の正義を問われ、うじうじと悩んでしまうようなところもある。誰しもが持つ心の弱さと誰も持ち得ない非人間的な力をともに宿しているからこそ、彼は「正義の味方」として強い印象を残す。

とはいえそれだけでは「確かに良い主人公なのかもしれないけど、なんだか日曜日の朝の特撮番組に出て来そう」という印象を拭えない。ニチアサの焼き直しに過ぎないのではないか? 作者はありきたりな作品を書きたかったのではないのか、と。実際、もし『スタンピード!!』が無壊護の活躍を描くだけのエンターテインメントであれば、幾百もの先行作品に埋もれていたかもしれない。
 
だが『スタンピード!!』の主人公は1人ではない。少なくともあと2人はいる。紹介しよう。風来坊のギャングスター・エイタ・サキモリ。そして不相応な運命を背負う一般人・民守夏希だ。2人は無壊護とはまた違った形でそれぞれの正義を追い求めている。

エイタ・サキモリは義賊として描かれている。自由にして横暴、司法や警察が門前払いを食らう巨悪に裏口から切り込んでいく。そのためには非合法的な手段を用いることもあるし、窃盗も辞さない。というか窃盗が生業である。
 
彼をボスとする全てが謎に包まれたギャング団『ウィアード・ライオット』はしかし、まっとうな企業や個人からは盗まない。彼らは警察組織を超える情報収集能力を駆使し、悪党だけに目を付け、犯罪予告を出しては痛快に盗み去る。これは無壊護と同根の、しかし太陽ではなく月を向いて咲いた正義の花だ。

民守夏希は3人の中では最も一般人に近い。無壊護のような怪物的なパワーもなければエイタ・サキモリのように銃器の扱いに長けているわけでもない。にもかかわらずやたらと事件に巻き込まれる持ち前の不幸体質のせいで、悪と対峙する場数だけは踏んでいる。
 
生まれてから十何年も犯罪の暗い面を見せつけられてきた。悪は常に隣にあり、誰も助けてはくれず、何が起きても自分で何とかするしかなかった。消去法によって選ばれた「正義の味方」であり続けた夏希は、無壊護やエイタ・サキモリとは異なり、義務のように正義を執行し続けている。

無壊護の生きざま、エイタ・サキモリの計画、民守夏希の屈折。群像劇としてバラバラに語られる3本の筋は、やがて1つの事件をきっかけに絡み合う。土浦に姿を現した過激派武装集団「新攘夷会」による銀行襲撃、人質の虐殺宣言を受け、3人は自分たちなりの流儀に沿って行動を起こす。そこで「正義の味方」と「巨悪」の痛快なアクション・バトルが描かれ、三者三様の正義がぶつかり合うことになる。

──夏希は困惑していた。威風堂々とした護の言葉で最初こそ安堵したが、何故か苛立ちとも憤りとも取れない不穏な感情を覚えた。上手く説明できないが、何かが気に喰わなかった。──

正義の何をカッコいいと感じるかは人による。本作でも描かれているような悪とのバトルそのものだと言う人もいるだろうし、正義のヒーローが発する強い言葉だとする人もいるだろう。もちろんどれも正解だ。筆者個人としてはエイタ・サキモリの早撃ちがとりわけ好きだし、無壊護のまっすぐな言い回しはグッとくる。
 
だが、一番は「人が正義に目覚める瞬間」ではないだろうか。最後まで読み通した人ならピンと来るだろうが、『スタンピード!!』では立場の異なる「正義の味方」を複数配置することで、正義に目覚める初期衝動がとても大切に描かれている。
 
2018年現在、正義の味方を描く意義自体は薄い。しかし灯を心に宿した瞬間の美しさは変わらない。そんなことを改めて思い出させてくれる作品だ。

スタンピード!!

著 : 浦土之 混乱
イラスト : 中島 諒

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レビュアー

東京佐清

昭和生まれ。かつてはいくつかの雑誌やWeb媒体にライトノベル評を書いていたが、膝に社畜生活を受けてしまい最近では半ば引退気味。面白い作品があればジャンル問わず紹介します。

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