“紬ちゃん”は、いっぱいいる
読みながら机に頭をガンガンぶつけたくなるようなマンガだ。
この「への字」の口。もどかしくてたまらない。この「もどかしさ」を知っている人は、きっと多いんじゃないかなあ、と思う。
『とろける紬ちゃん』の主人公“紬ちゃん”は高校1年生。進学実績の高いいわゆる「名門校」に入学したガリ勉で真面目な女の子です。
「ガリ勉」って、「勉強しかできない子」って、なんであんなに「イケてない」存在なのだろう。
勉強ができてりゃ上等だろうが! と思うんですが、フィクションでも、現実でも、とにかく少し残念な脇役なんですよ、ガリ勉キャラって。
理由のひとつは、「全部ソツなくこなすイケてる子」が明らかに存在しているからじゃなかろうか。馬鹿からのやっかみはさておき、ガリ勉じゃないのにガリ勉並みかそれ以上のスコアを叩き出す「どうなってんだよー?」みたいな人は大勢いる。自分が赤本を解きまくっていたその瞬間に、筋金入りのギャルで渋谷のクラブでイベントを主催してチケットを売りさばいていたような子が、体育祭で豪快にドラム缶の太鼓を叩きまくってあだ名がモンキーみたいな子が、同じ志望校で同級生として現れると、はあ?って思うんですよ。なんだこれ?って。際立つガリ勉の影。
本作に登場する“西尾諒”は、まさにそんな「全部ソツなくこなすイケてる子」です。彼が紬ちゃんの前に現れて物語は始まります。
西尾諒は紬ちゃんと同じ高校に入学した男子です。入試でトップの成績(というか満点)で、男前で、人気者で、腹筋すごくて、バスケでシュッとゴールを決めるようなハイスペ男子。今も「ソツのなさ」からだいぶ遠い私は、もう、なんだこれ?って思う。
そんなハイスペ西尾諒は、何かと紬ちゃんにちょっかいを出します。
放課後も、
教室でも、
そして雨の帰り道も。
ここまで出揃っても、紬ちゃんの反応はご覧の通りです。常時ぎこちなくて、かたくな。
そんな紬ちゃんのスペックはというと、2位で入試を突破した才女。ガリ勉の効果めっちゃ出てる。だからハイスペ同士の火花散るお話かと思いきや、紬ちゃんはいつもどこか寂しそう。
ああ。この満たされなさに喉の奥がキュッとなる。冒頭で紹介した「への字の口」は紬ちゃん定番の表情で、全てに対するもどかしさの象徴のように繰り返し登場する。
だから、私は次に紹介するシーンが好きだし、何度読んでも思わず息を止めてしまう。
少し仲良くなった西尾諒に「私をほめて」と言っちゃうわけです。紬ちゃんの無防備さと、切実さが切ない。そして、西尾諒はそんな紬ちゃんのサインをちゃんと受け取るんですよね。滝のように、言葉をつくして、紬ちゃんをほめます。
“西尾諒”も、時々いる(そして時々もどかしい)
「ソツなくやっちゃってー」とか、ひどい時は「上手くやりやがって」なんて言われてしまいがちな西尾諒のようなハイスペさんは、現実でも時々いる。実は彼らだって別に全てを「ソツなく」やっているわけじゃなく、特別な相手に心を砕く特別な瞬間だってあるわけなのですが、あまりに器用にこなしちゃうから、「特別」が目立ちにくい。それはそれで、損というか、寂しい。
西尾諒という人もやっぱり最初は誤解されがちなキャラクターです。かたくなで不器用な紬ちゃんの視点を通すと、西尾諒は「ソツのないコミュ力高めの意味わかんない男子」かなと一瞬思うのですが、本当は違うんですよね。
読み進めるうちに、そういう西尾諒なりの「特別」が少しずつ透けて見えるのがとても良い。彼側の描写も、ジリジリもどかしい。
紬ちゃんの初恋は、はっきり言って不器用丸出しのガッタガタな進行で、「うわー! やめろー!」って古傷を抉(えぐ)るような切ないときも多い。でも、だからこそ、西尾諒の「特別」に紬ちゃんが「とろける」瞬間が、しみてしみてしょうがない。
いいなあ、この真面目で切実な自問。紬ちゃんにつられてこっちも顔が赤くなる。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。