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2018.09.25

レビュー

理系萌えか?『はしっこアンサンブル』工業高校の合唱部に、なぜか泣く私です。

男子だっていろいろある

大昔の冬、一緒にいた友達が「ハリー、撮影の後半で声変わりが始まっちゃって、スタッフみんな焦(あせ)ったらしいぜ」と急に言った。見上げると交差点の向かいに『ハリー・ポッターと賢者の石』のポスターがあった。デパートの外壁をおおう巨大なポスターの中心に描かれた幼い男の子(ハリー)の賢そうな顔と「スタッフみんな焦った」の言葉のギャップに笑いつつ、男子もいろいろあるのねと思った。以後「次のステップへの過程で急に訪れる激変」を思うとき、いつもあの寒空とハリーが頭に浮かぶ。

『はしっこアンサンブル』も「いろいろある男子」たちの物語だ(女子もいるが、今のところ男子の方が多い)。大人になるまであと少し時間のある彼らは、なぜだか私を泣かせる。そんな「泣けよ!」なシーンはないのに。クスクス笑ってターっと涙が出そうになる。何に涙ぐんでいるのか。まあ私が「理系びいき」だからなのもきっとあるはずだが。


“工業高校と合唱部” という組み合わせの妙

舞台は「都立端本工業高校」通称「端高」。ここに進学した1年生たちを中心に物語は始まる。

まず、変声期をへて極端に低くなった声を気にする“藤吉”。


低い声にとまどい、自分をうまく表現できない内気な男子だ。「早く就職したい」「声を出さなくても働ける仕事につきたい」といった理由で、自身の悩みと人生との折り合いをつけるべく端本高校を選んだ。「夢みがち」とは対極にいる。

そして、合唱部を作りたいと夢みて頑張る(頑張りすぎの)“木村”。工業高校で合唱部? と思うのだが……。



ヘルツ。めちゃめちゃ面白くてわかりやすい。やっぱ理系いいね! 合唱と相性いいじゃん。木村くんのまっすぐで理詰めの(そして文字数超多い)勧誘は、藤吉くんの“とまどい”をわかりやすく解説してゆく。



もう、ここで涙ター! (この次のページでウッとなった)。自分がコンプレックスに思っていて、かつ自分ではどうしようもないことに「イエス」を言ってくれる木村くん。しかも「君のその声が必要なんだ」は「べつに気にしなくていいよ」よりも、うんと強くて、あかるい救いだ。藤吉くんは木村くんと歌の練習を始めることに。

とはいえ藤吉くん1人を勧誘するだけでは木村くんの野望は完成しません。次なるターゲットは粗暴なド金髪高校生の“折原”。




手負いの獣のように周囲を威嚇しまくる折原くんは、なぜかいつもイヤホンをしている。木村くんはそのイヤホン必須の姿に合唱の資質を見出しています。



で、ぶん殴られそうになったり。

他にも、お寺の息子でお調子者の“半山”(ド音痴)、山城オタクの“八田”など、挙げるとキリがないくらい次々と味わい深いキャラクターが出てくる。数少ない女子もいい味を出している。ぜひ読んでめいめいの個性を噛み締めてほしい。



工業高校いい……。全ページこういう居心地の良い「いい……」がいっぱいだ。でも、工業高校の面白さはそこだけではない。「社会に出る」ことを普通科の高校生とは違った角度とスピード感で見据えている。この舞台設定と「みんなで歌おう」の組み合わせがとても絶妙だ。


みんなで歌うことの美しさ

本作では合唱特有の「大声でみんなに届くように歌う」描写として、大きな文字で歌詞がコマいっぱいに並ぶ。この演出が秀逸だ。ああこんなにいい歌だったっけ、と思う。そういえば合唱の授業ではこういう絵が浮かんでいた。



校内のいたるところで歌う木村くんは、浮きまくり、遠巻きに笑う人も多い。

彼も藤吉くんや折原くんのように「はみ出し者」で、きっと「いろいろある男子」の1人だ。そんな木村くんが歌う姿はいつも胸を打つ。藤吉くんが少しずつそこに声を重ねて歌うシーンはもっと美しい。



甲子園や春高バレーで涙する人の気持ちは、私がこれを読んだときのそれと似ているのだろうか。

みんなに「君は素晴らしい。君が必要だよ」と言いまくり、自分にできなかったことを「現象として事実だ」と言葉に出す木村くんも、周りからたくさん必要とされてほしい。なにより端高の合唱部の歌が聴きたい。すごく聴きたい。そしたら私はもっと泣きそうだ。でも聴きたい。

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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