「鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」──口に出してあれこれ言う人より、黙っている人の方が心の中で深く想っていることを例えた都々逸(どどいつ=情歌)だ。
一見とても綺麗な言葉だが、その物言わぬ蛍が激情を燃やすあまり嫉妬や憎しみといったマイナスの感情を向けてきたら……?
美しい恋愛話から一気にホラーに転換である。
本作品はいわゆる「炎上系」の漫画だ。最近ネットの広告でもよく見るでしょう。浮気・不倫、官能、いじめなど……物語だとはわかっていてもあまりのスキャンダラスな感じに、思わずツイートしたくなるような、でも読んでることは知られたくないから匿名じゃないと困るという葛藤が発生するような。そんな炎上系漫画。
そして「次が読みたい……!」という強い中毒性も持ち合わせている。本作は大手電子コミック専門サイト「まんが王国」の有料ダウンロード数で、連続1位を更新している超人気作品。
確かにこれは課金してでもどんどん次を読みたくなる。
なぜ女性たちは炎上系漫画のとりこになってしまうのだろうか。
人の不幸を見て自分の幸せを確認したいからなのか。
自分の不幸を重ねて見ているのか。
それとも「怖いもの見たさ」という表現のように、人間には生まれ持って恐ろしいものを見てみたいという欲求があるのか……。
先ほど「女性たち」と書いたが、リビングに本書を置いておいたら夫がみつけて「こういうの面白いよね!」と読んでいて驚いた。世の奥様たちはご主人に知られないようこっそり読んでいるかもしれませんが、実は男性も好きみたいですよ……! こっそり読まなくても大丈夫かもしれませんよ(笑)。
「全員裏切り者」という謳(うた)い文句の通り、誰も何も信じられない。誰が何をどう裏切っているのか。夫と友人が浮気していて裏切られた、というストーリーはよく見るけれど、全員が裏切り者というのはどういうことか?
さあ、愛と絶望のジェットコースター・ラブサスペンスの始まりです。
35歳の爽(さやか)は、広告代理店に勤める夫・一真(かずま)とふたり暮らし。
優しくて完璧な夫に、爽は「子どもが欲しい」という本心を打ち明けられずにいた。
欲しいのに、笑顔で欲しくないふりをする。
嘘の笑顔で繕う。
そんな爽の寂しく不自由な気持ちを唯一癒やしてくれるのが、年下の友達・瑠衣(るい)だった。
行きつけのバーで落ち合っては、お互いの夫と彼氏の愚痴や悩みを相談し合う。
その瑠衣の勧めで思い切って夫に本心を打ち明けた爽だが……。
結果は玉砕。一真は爽にずっと女でいてほしい、恋人みたいでいたいから、子どもは欲しくないと告げる。(いるいる、多いですよ、実は子どもが欲しくないって男性! これは爽のミス。結婚前にちゃんと確認しないとだめなポイント)
傷心の爽は再び瑠衣のもとへ。
泣きながらも笑顔で報告する爽に、瑠衣は「そこは笑うところじゃないですよ…怒るとこです」「爽さんのワガママなんかじゃない」と抱きしめる。
わかり合える大切な友達……。
だと爽は信じているのに!
帰宅した瑠衣のところに来た彼氏の正体は、一真だった。
優しく完璧で間違いのない夫と、心を開ける親友が、自分を裏切っていたとしたら……!?
そんなことに全く気づかず、「10年も経つけど、外で会うカズくんはやっぱりかっこいいなと思うし、少しドキドキしたりする自分もいる。これは子供がいないからなんだろうか。」などと現在のささやかな幸せに納得しようとする爽だった。
……が!
爽のバッグの中からGPSが出てきた。
え、私なにか疑われているの?
それとも自分が身動き取りやすくするためにカズくんに監視されていた?
カズくんが浮気……?
誰が誰を裏切るのか、まさか主人公の爽までこれから裏切っていくのか……。「全員裏切り者」の世界から目が離せない。
そしてそれぞれの裏切りの背景や、育った家庭環境なども綿密に描かれるので、単純に裏切り者を憎めないという深い作り。
そういうバックグラウンドがあるので、共感する人物・好きになれない人物というのが読者によって分かれるかもしれません。そんな点も面白い!
「たいがいのことは、嘘の笑顔でできている」という爽の心の声が、読み手の心の根底でずっと響き続ける。
「うちの旦那・妻がガミガミうるさくてかなわない!」というあなた、うるさい蝉の方がわかりやすくていいかもしれませんよ。
喋らない蛍が、ばれないように、愛情を、憎悪を、嫉妬を燃やしている方がたぶん怖い……!
走り始めた爽たちのジェットコースターはどこへ行くのか。どうぞ乗り遅れることのないよう、手に取ってください!
レビュアー
一級建築士でありながらイラストレーター・占い師・芸能・各種バイトなど、職歴がおかしい1978年千葉県生まれ。趣味は音楽・絵画・書道・舞台などの芸術全般。某高IQ団体会員。今一番面白いことは子育て。