冷凍された人間が生きた人間の手によって食肉工場で加工されるように切断され、謎の巨大生物に生きながら皮を剥がれ頭から捕食される……。
そんな目を覆いたくなるようなショッキングな光景が冒頭から矢継ぎ早に展開し、強烈な描写で見る者を圧倒する『食糧人類 ーStarving Anonymousー』。水谷健吾がエブリスタにて執筆していた小説『食糧人類』を原案に、『アポカリプスの砦』の蔵石ユウ/イナベカズの黄金コンビが挑む、人類生存を賭けた「食物連鎖」パニックホラーだ。
極限状態の人間が課題を解決するために足掻くところに、強烈なカタルシスをもたらしてくれる。手に取る者を徹底的に選ぶ劇薬なジャンルにも関わらず、4巻時点で累計160万部を突破し、今最も注目されている問題作である。
舞台は現代日本。原因不明の異常気象による温暖化が進み、3月なのに真夏のような気候。人類が着実に滅びに向かっていることを示す不穏なニュースばかりが報じられる世の中。息苦しく閉塞感を覚える作品世界は、我々が暮らす現実の日本社会と重なるような既視感を覚えてしまう。
そういう閉塞感を打破したいという思いからなのか、見慣れた日常が突然変化するというシチュエーションの「異世界転生モノ」する物語が流行るのは非常に共感できるのだが、本作のシチュエーションは、「日常がある日突然自分が食肉として処理される対象になる」という状況だ。ああ、なんて嫌すぎる状況だろうか。
本作の主人公である伊江は、友人のカズと帰宅途中のバスの車中で催眠ガスを撒かれ、謎の施設「ゆりかご」へと拉致される。しかし伊江は特異な体質をもつためか、催眠ガスがあまり効かずに「ゆりかご」内で処理される前に目覚めてしまう。さっきまで、ファーストフードのチキンナゲットを美味しそうに食べていた「捕食者」であった彼は、目が覚めたら「捕食される側」へと立場が逆転しているのだ。
そのあとの展開を思うと、気づかずに処理されていた方が幸せだったのでは……と思ってしまう出来事が次から次へと襲いかかる。死ぬならひと思いに派のワタシにとっては伊江の立場にはなりたくないなぁ……と思ってやまない。
そんな気の毒な主人公・伊江は、ゆりかご内で出会った「ナツネ」と「山引」らの仲間と力を合わせて乗り越えていく。しかし人間を解体してなにやら良くわからない巨大生物に捕食させるような施設が、すんなりと逃がしてくれるはずもない。
次から次へと刺客が襲いかかってくるのだ。そういう意味では、サバイバルホラーという性質の他に、異能力者バトル作品という側面も持ち併せている。
人の命の価値が軽いこの施設では、人間を食糧にするだけでなく、脱走や反逆を試みた人間を人体実験の材料にし、改造人間を作り洗脳を施して侵入者排除任務に当たっているのだが、そういった敵と対峙する伊江たちも特殊な能力を持っていることが次第に明らかになっていくので、先の展開が読めず、新鮮な驚きをもたらしてくれる。
「ナツネ」は驚異的な再生能力を持つ「増殖種」であったり、頭脳明晰なマッドサイエンティスト「山引」は自らの遺伝子を改造して特殊な能力を持つことが後に語られたりする。
そういった強烈なキャラクターと比べると主人公は一見平凡に感じられるが、一度見たものを映像のように捉えられる瞬間記憶能力を持ち合わせているため、状況把握にナビゲートにと活躍する。
主張のない無個性なキャラクターかに見える伊江だからこそ、読者はかなりフラットな視点で作中の出来事を受け取れるのではなかろうか。
タブーに触れるギリギリのテンションを保ったまま、ナツネや山引など、小説版『食糧人類』にも登場していたキャラクターたちのバックグラウンドを丁寧に描ききった今、興味深いのは伊江の物語だ。そして、ナツネと山引の物語だった小説版に対し、『食糧人類 ーStarving Anonymousー』は伊江(とカズの)物語なのだろう。
閉塞感が高まる現代社会を象徴したエンターテインメント作品である本作の5巻は4月にリリースされる。いわゆる「グロ耐性」がない方へは後学のために、人類を捕食するという明確な意思を持った存在が突如現れたときにどうなる?という思考実験の端緒とするのは如何だろうか。
レビュアー
静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。