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2017.10.14

レビュー

「ファーストキスを異世界でした場合、カウントするのか?」が重要な理由

人生ってRPG(ロール・プレーイング・ゲーム)みたいだなあ、とは多くの人が感じたことがあるのではないでしょうか。

たとえばあなたがある会社に就職したいとします。これがクエスト(ミッション)です。あなたは知識とか学歴とか職歴とか資格とか、あなた自身に備わった能力のすべてを使って入社試験をクリアしようとします。これらはあなたのステイタスであり、わかりやすくいえば武器です。武器をふくめたあなた自身がじゅうぶんに強ければ戦いは容易なものになりますし、弱ければ苦しいものになります。

この考え方に当てはめられないものはほとんどありません。就職だってスポーツだって結婚だって家や車を購入するのだってみんなクエストです。さらに、世の中にはあなたのランクを上昇させたり決定したりするしくみがじつにたくさんあります。試験とか検定とか収入とか容貌とか才能とか肩書きとか、そのしくみがまったく存在しないところを探す方が困難でしょう。

したがって、「人生とはRPGである」と語る人がいても、否定しようとは思いません。

とはいえ、わたし自身はそう考えてはおりません。
人生をゲームにたとえるなんて不謹慎だから?
違うよ。人生はRPGよりずっとくだらねえからさ。

『100万の命の上に俺は立っている』は、ある日突然RPGふうの異世界に迷い込んだ主人公が、仲間のかわいい女の子たちとともにクエストをこなしていく異世界転生マンガです。

作者があとがきで語っているとおり、この設定は決して特別なものではありません。「ゲームの中に入りこんじゃった」はめずらしくありませんし、「異世界転生もの」とジャンルわけすればもっと数が増えるでしょう。

しかし本作は、それらの作品とは一線を画しています。

なにより主人公の高校生、四谷友助くんのキャラクターが異質なのです。

四谷くんは、いい言い方をすればクール、別の言い方をするととても冷めた人です。たとえば、仲間の女の子の命が危うくても、彼は助けに行きません。ゲームのルールと現状を冷静に分析することにより、きわめて合理的に「助けない」という選択をするのです。そのせいで仲間たちから不平不満が出ても、それに動かされることはありません。

心優しい熱血漢が基本ラインである少年マンガにおいて、これはたいへん異例なことだと言えるでしょう。

彼がなぜそういう性格になったのか。そこにはストーリー上、たいへん重要な理由があるようです。さらに、なぜ彼・彼女が選ばれるのか、キャラクターどうしに何かしらの関係があるのか、中世ヨーロッパふうの(RPGふうの!)この世界は何なのか、この世界はいずれ現実世界(と酷似した世界)に接続されなければならないが、それはどのように成されるのか。そして、意味深なタイトルにはどんな意味があるのか。
謎は多くあり、それがすこしずつ明かされる展開に、支持する者も増えていると聞きました。

ああこれはとても重要な場面だなあ、と思えたのは、仲間の女の子が「この世界はバーチャルか?」とたずねるシーンです。彼女は「ファーストキスをこの世界でした場合、それはカウントしていいのか?」と問うています。女子高生らしい、かわいらしい問いかけですが、たいへん重要な考えをはらんでいます。もしこの世界で体験したことがバーチャルだとすれば、それは夢や妄想と変わりません。キスもふくめ、すべて現実のものではないことになるのです。
これにたいする四谷くんの答えは「それは純粋に経験値の問題だし、これだけリアルな世界なら経験のひとつと考えてかまわない」というものでした。

つまり、この世界で体験した経験は、妄想ではなく、彼の血肉となるものである──四谷くんはそう認識しているということなのです。おそらくは作者も。

真っ暗闇の中、何度も落下しながら石壁をよじ登ったり、女流剣士を助けに行ったり、時間の経過の相違を肌で感じたりする経験は、四谷くんには現実のものとして知覚されています。さらに、たとえ人の命が軽い世界であろうとも、こちらでは重罪とされる殺人を犯してしまったという経験は、彼を大きく変貌させ、成長させていくことでしょう。

彼が今後どのような人物に育っていくのか。この問いは「この世界をサバイヴするのはどういう人格が望ましいか?」という問いにたいへんよく似ています。
「この世界」とは、ゲームと現実を行き来する世界です。個人的には、われわれが接するこの世界も同じようなものだと思っています。

最後に、人生というゲームがどうしてくだらねえのか伝えておきましょう。四谷くんがクールであることと、関係あると思うんだけどな。

死ななきゃやめられねえなんて、糞ゲーじゃねえか。

レビュアー

草野真一 イメージ
草野真一

早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの?』を出版。2013年より身体障害者になった。

ブックレビューまとめページ:https://goo.gl/Cfwh3c

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