ツイッターは、いくつかの特徴によって、ほかのSNSとは異なる性質を備えています。なかでも、「自分にとって心地よい情報空間を構築できる」ことは、ツイッターの特質と言ってもいいでしょう。
これは、史上もっともツイッターを効果的に利用している大統領、トランプ氏の状況を見れば理解が容易です。
現在、トランプ大統領のフォロワーは5600万を超えています。つまり、彼の声を聞きたい人は最低でもこれだけいるということです。アメリカ大統領とはある意味「世界のボス」ですから、当然といえば当然のことでしょう。
ところが、彼のフォロー数はたったの46です。親族・知人・友人を集めるとたいがいの人がそのぐらいの数になるでしょう。トランプさんは大統領になる前から、かたくなにこれを増やそうとはしていません。
ツイッターは、フォローした相手のツイートのみが自分のタイムラインに表示されます。つまり、自分に心地よい情報だけを見て、不快な情報にはまったくふれない、非常に偏った情報空間を構築できるのです。意識する・しないにかかわらず、多くの人が「自分にとって心地よい情報」を選んで表示しています。
本作『けもらいふ』は、「心地よい情報だけを表示する」ツイッターで、おおいに人気を博した作品です。
この作品は、おもに2つの要素から成り立っています。ひとつは、かわいい動物。もうひとつは、かわいい女の子です。
この2つを取り入れることは、SNSマーケティングの初歩的なテクニックとして、幾度も紹介されてきました。これをうまく取り入れてツイートすると、フォロワーが増えるとか、「バズる」とか。要するに、汚い大人たちが考えた狡猾なセオリーです。
その点でこの作品は、模範的と言っていいものです。この作品にはかわいい女の子とかわいい動物しか登場しません。「心地よい情報だけを表示する」ツイッターの特徴に合致した、SNSマーケティングのセオリーどおりの作品といっていいでしょう。
しかし、この作品は決してセオリーにはならない。読者はみな、そう感じているはずです。
なぜか。
「へん」だからです。
この作品の「もふもふ」の動物たちは、たいてい女の子とセットで登場しますが、その関係性も性質も、かなりへんです。奇妙で奇天烈で不思議(褒め言葉)です。これは、作者の性格や考え方に負うところが大きく、安易なセオリー化を拒んでいます。
本作のもっとも優れた点は、この点です。「もふもふ」やかわいい女の子は一般的なものですが、ここには、作者にしかできないこと、この作品にしかないオリジナリティが表現されています。そこがおもしろいのだし、そこが支持されているのです。おそらくこれは、誰よりも作者がこの世界を愛しているからこそ描かれたものでしょう。
それは具体的にどういうものなのか。
ぜひこの本でたしかめてください。もふもふですよ。
ところで。
この作品が多くの人に支持される背景には、様々な要因があるでしょう。ツイッターとは、そういうことを知るためにも適当なメディアです。視聴率が下がったとか滅び行くとか言う人が多くあるが、テレビの影響力はまだまだ絶大だとか、雑誌は下馬評どおり従来のやりかたでは存続できないだろうとか、そういうことはツイッターを眺めていると、よくわかります。
この作品はなぜ支持されたか。そこには、今後のメディアはどうあるべきかのヒントが含まれていると言ってもいいかもしれません。
まあ、そういう難しいことは考えず、ああかわいいなーとか、もふもふ癒(いや)されるなーとか、気軽に接するのがこの作品の醍醐味ではありますが。
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。https://hon-yak.net/