実現可能かはさておき、タイムスリップは今に至るまで人々の興味を掴み続けているトピックスである。昔から現在まで、映画や漫画など多くの作品が生み出されてきた。たとえば過去・未来を行き来する『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は公開から30年以上経った今でも多くのファンをもつ伝説的映画だ。
アニメ映画が公開中の『orange』など多くのタイムスリップ漫画がある今、ひとつの作品が注目されている。少女漫画誌「ARIA」で連載中の『あのなつ。』だ。
『あのなつ。』(チカ)
誰しもやり直したいことがある
『あのなつ。』の主人公のたまきは27歳の弁護士秘書。高校の同窓会で初恋の人に再会し、実は両思いだったと知る。淡いときめきを感じつつも、10年という時間は簡単に飛び越えられるものではなかった。思い出話をしながら酒を飲んで目を覚ますと、17歳の夏にタイムスリップしてしまっていた。ところが一緒にいた6人の友人たちもタイムスリップをしていることが発覚。彼らは10年前事故に遭い同窓会に来られないままのクラスメイト・樽丘を救う方法を考えるが……というお話。
身体は子供、頭脳は大人
『あのなつ。』の見所のひとつは、安易な友情ごっこにならないところだ。見た目は高校生でも中身はシングルマザー、元いじめられっ子で新進のIT社長など、自立し自分の主義主張を持った大人。地味で目立たない女子高生だった秋田は大変身して当時好きだった人に告白し、高校生活をやりなおそうとする。
「彼女の行動は勝手なように見えますが、今より良い自分、良い未来になる可能性があるなら、その可能性に乗りたい、やり直したいと考えるのは自然なことではないでしょうか。踏み出した彼女の勇気は胸に迫ります」(ARIA編集部K)
そして、シングルマザーの優華は過去を変えることで息子が生まれる未来がなくってしまわないかと怯え、「過去は変えさせない」と真っ向から対立する。
大切な人のためなら、悪にも染まる
「バツイチの優華にもやり直したいことがあるはず。でも彼女は息子と会う未来を選びます。過去を少しでも変えちゃいけないと、昔ついた嘘と同じ嘘をついたり孤軍奮闘します。けれどなんだってすると言いながら、彼女は仲間のことも捨てられない。彼女の強さと弱さに愛しさを感じます」(ARIA編集部)
裏切り者は誰だ
互いの思惑が交差し緊迫した雰囲気をさらに深めているのが、たまき達6人に届く送り主・不明のメールだ。
目的の見えないメールが心をかき乱す
タイムスリップしていることを知っているのは自分達だけのはず。疑心暗鬼にとらわれ、たまき達はお互いの行動を監視し、疑いあうようになってしまう。 「視野が広がり、脳みそが回り過ぎる故に考え過ぎてしまったり、保守的になってしまったりして大人の頭脳が邪魔をする。『あのなつ。』を読むと大人こそ深く考えさせられると思うんです」(ARIA編集部S)
そもそも『あのなつ。』は担当編集が持ちかけた企画だったという。
「きっかけは友人たちと「人生をやり直せるとしたら、どうするか」という話をしたことです。結果“やり直したい”と思う人と“やり直したくない”と思う人に分かれたんです。やり直したい人は「最低な恋愛はもうしない」とか「若いうちに留学しておきたかった」と言い、「今の知識を持って過去に戻れば恋愛も仕事ももっとうまくやれる」なんて話していました。ただ、子どものいる人は「子どもと会えなくなるのは嫌だからやり直したくない」と言ったんです。その言葉がとても印象的でした。『あのなつ。』は「人生をやり直す」ということに様々な意見を持っている人間を描く群像劇です。いろんな人間のいい面もいやな面も描けるのはチカさんしかいないと思い、企画をご相談したのがきっかけでした。未来がどう変わっていくのか……はたまた運命は変えられないのか? 唯一タイムスリップしていない……未来にいなかった樽丘の秘密が全員の運命を変えていきます。恋愛関係だけでなく、謎がどんどん解き明かされていくので楽しんでいただけたらと思います」(担当編集)
先日発売された最新2巻では天真爛漫なムードメーカーの太一にも後ろ暗い過去があることがわかる。物語のキーパーソンである樽丘の人となりも描かれ、現代では同窓会に現れなかった彼に17歳の時、何か起こったのかが少しずつわかっていき、その出来事に6人全員がからんでいるらしいこともわかっていく。
大人こそ楽しめるタイムスリップ・ミステリー『あのなつ。』の未来が気になって仕方がない。