こんな問題を考えてみた。
「ブラック企業と異世界召喚物の共通点は何か?」
制限時間は5分、複数回答も可としよう。さて、どんな答えが出て来るだろうか。
もしあなたがとんち好きであれば、「(仕事を・読むのを)やめられない」「大変な役目を担う」「暴力が当たり前のように存在する」といったネタを大喜利のようにポンポンひねり出してしまうだろう。両方の分野に精通していれば、もっと意外性のある共通点を見出せるかもしれない。参考までに、筆者の回答は「成長」だ。どういうわけかブラック企業はやたらと「成長」が好きだし、異世界召喚物は「成長」譚の側面を持つ物語になりがちである。また、ややこじつけっぽいが、異世界召喚物の「成長」は多くの場合チート能力や特殊な才能に裏打ちされており、一般人が召喚された場合はブラック企業に入社してしまったうぶな新卒のように人生が詰みかねない、という懸念点も似ている。
もちろん、このような問いに正面から答えず、「ここに全ての答えが詰まっている!」と作品を提示するのもアリだ。その場合は『異世界で学ぶ人材業界』を選ぶとよい。内容については、「舞台は異世界。株式会社海鴎の社長を務める人材コンサルタント、ノア・シンクレアは、皇帝陛下より勇者召喚の命を賜る。求める人材は30年以上の長きに渡る戦争に終止符を打つ者。その条件を満たした少年、神戸秋水(かんべしゅうすい)は彼女からの要請に応じて異世界を訪れる……」といった具合に万人受けしそうな要素を並べるよりは、3行程度でスパッとまとめてしまった方が伝わりやすいだろう。
たとえばこんな風に。
過酷な異世界を舞台に「圧倒的成長」!
試練を与えてくれた社長に「感謝」(^人^)
今までにない仕事で「限界」に「挑戦」しよう♪
そう、本作で扱われる「勇者召喚」はとんでもない地雷案件だ。クライアントは皇帝ルーヴェンス・カーライル、すなわち帝国で一番偉い人。失敗を認めてくれるような相手ではない。株式会社海鴎の労働環境は極めて劣悪。勇者を召喚するための魔法プログラムは外注。超低予算短納期に音を上げた魔法プログラマはバグだらけの魔法を納品して逃亡。神戸秋水の持つ勇者の力は、あろうことか召喚魔法の誤作動により異世界各地の100人の少女たちに振り分けられてしまい、これといった能力のない少年となり果てた。会社の経営は火の車、クライアントへの説明は数日後。仕事もせずに遊んでいた方がずっとマシだったのではないか、という最悪の状況からのスタートである。この詰み具合、もし召喚されたのが信長だったら敦盛を舞い始めてもおかしくない。
普通のラノベなら主人公のチート能力や現代の便利な道具で何とかしちゃえ、となるところだが、この作品にそんな素敵な逃げ道は存在しない。秋水とノアは真正面から問題解決を試みることになる。クライアントを口八丁で言いくるめ、超短納期で代案を提示し、プレゼンを成功させることで勇者召喚失敗からの倒産をどうにか切り抜けようとする。魔法でパパッと解決するような華やかさは一切ない。スライムとも戦ったりもしない。ただただ現実的に泥臭く知恵を絞り、あがく。
秋水は提案の骨子を考えるためにコンセプトシートを埋め、広告・コンサルのテクニックを学びながら、皇帝を説得するためのプレゼンの方法論を身に着けていく。業界用語説明の分かりやすさ、仕事の進め方は参考になる部分も多く、広告ディレクター・ライターでもある著者の本領が十全に発揮されている。
ブラック描写にもリアリティがある。徹夜に次ぐ徹夜で机の上には栄養ドリンクの空きビンが並ぶ。「半年たったらベテラン」「同じ下着は3日間までにしてよ」とちょっと聞きたくない言葉が飛び交う。宿代が用意できないから自分の家に泊まれというノア社長の言葉に「アットホームな職場」を感じて読み進めればビールと缶詰の宅飲みが始まる。終盤、ある登場人物はこんな嘆きをもらす。
「クライアントは予算を抑えることしか考えてねえし、俺たち営業は金のことしか考えてねえ。クリエイティブの連中はくだらねえ広告賞を取ることにしか興味がねえし、求人広告を見てる連中は社名と給料と待遇しか気にしてねえよ」(p223)
次第に異世界ではなく新宿にでもいるような錯覚を覚え始めるが、こうした描写の連続によって増す厚みもある。ひどい労働環境に対する愚痴と不満の洪水のなか、ノアが「この業界を志した理由」を語るシーンがあるのだが、これがあまりにも純粋で美しい。
我々が仕事をするのは生きるためだが、必ずしも生きるためだけに仕事をしているわけではない。「やりがい」と言えばたかが労働に夢を見過ぎだと笑われるかもしれないが、たとえ今は腐っていたとしても、仕事を選ぶ段階ではまだ叶えたい夢があった、という人も大勢いるだろう。ノアの独白は、忘れかけた初志を思い出させてくれる。
レビュアー
ミステリーとライトノベルを嗜むフリーライター。かつては「このライトノベルがすごい!」や「ミステリマガジン」にてライトノベル評を書いていたが、不幸にも腱鞘炎にかかってしまい、治療のため何年も断筆する羽目に。今年からはまた面白い作品を発掘・紹介していこうと思い執筆を開始した。