雇用とは、ある種の賭けである。
ブラックバイトという現代社会の闇が話題に上る今日この頃、職を求める身としてはせめて少しでも労働環境の良い職場に行きたいと半ば祈りながら面接に臨むわけだが、祈りながら賭けに乗るのは雇用者の側とて同じこと。慎重に慎重を期して採用したバイトが想定通りに仕事をしてくれないことなんて珍しくもない。欠勤連絡を入れないのは日常茶飯事、業務用のパソコンに八つ当たりする、ちょっと気に食わないことがあったら失踪……というのは、ありがたいことに筆者の周りではまだ1件しか見ていないが、雇用者にも雇用者なりの気苦労はあるものだ。
ところで、世の中には魔王でありながら見事にこの賭けに負けまくってしまう男もいるらしい。『魔法使いなら味噌を喰え!』という衝撃的なタイトルで第1回講談社ラノベ文庫大賞を受賞した澄守彩(すみもりさい)の新シリーズ、『チートな魔王の道具屋は、今日もJKJCが働かない!?』の主人公、魔王ユートである。
ちょっと彼の境遇を見ていただこう。《人界》《魔界》という二つの領域に分割された異世界《オルディア》、その《魔界》側を統べる魔王ユートは、ある目的のため、正体を隠し、《人界》の街バンベールで道具屋の店長として暮らしている。従業員はダークエルフメイドのワルワラのみだが、さほど忙しいわけでもないから、一見すると二人で十分回せていけそうに見える。
だが、まずこのメイドが働かない。
冒頭からして、勝手にお店を閉めて異世界《アースガルド》の電気街――秋葉原にゲームを買いに行ってしまう。お店をすっぽかされた魔王店長は彼女を捕まえるために異世界へ転移するのだが、そのときの彼の怒り、悲しみ、泣きたくなる気持ち、分からないでもない。筆者は逃げ出した同僚に電話をかけたら着信拒否されていた日のことを思い出したが、まあそんなことはどうでもいい。
本題に戻ろう。魔王ユートは秋葉原で出会った高一JK・神楽嶽常立(かぐらだけとこたち)と、その妹である中二JCの御中(みなか)の協力により、無事ワルワラを発見するのだが、これでめでたしめでたしとはならない。あろうことか転移魔法の暴発によってJKJCを元の世界、つまり彼女らからすると異世界である《オルディア》へ連れ帰ってしまい、半ば責任を取る形で雇い入れる羽目になる。
そしてもちろん、このヒロインたちも働かない。
彼女たちにしてみれば憧れの異世界である。魔法もある。「クソつまらん店番なんかより金だ! 異世界冒険だ!」という気持ちになってしまうのも無理はない。魔王の道具屋には次から次へと面倒ごとが持ち込まれるが、言ってしまえばこれは異世界ファンタジーゲームにおける「クエスト」であって、クエストが来たら受注してしまうのは勇者が民家のタンスを漁るようなもの、本能なのだ。街へ迷い込んだグリフォンの雛を捕まえてほしいという依頼が舞い込めば、勝手に店番をほったらかして懸賞金のために奔走する。温泉宿の再建を頼まれれば、SWOT分析で問題点を洗い出そうとするユートに、
「この手の小難しいビジネス手法を使って、顧客を煙に巻くコンサルっているわよね」(p160)
と鋭い批判を浴びせながら、メインの客層となる冒険者たちを引き込むために近場のダンジョンへ潜入調査に赴く。店長とバイト、どちらが主導権を握っているか分かったものではない。
そろそろ胃が痛くなってきた人もいるかもしれないが、胃薬は買って来なくても大丈夫だ。ワルワラも常立も御中も、少々毒舌ではあっても店主思いなところもあるし、なにより極めて有能である。現実とは違う。本業の道具屋としてではないにしても、ある意味彼女らは忙しく働いているわけだし、倒産の心配もない。安心して浴びせられる罵倒に浸り、フリーダムな従業員たちに翻弄されていただきたい。そのうちに彼女らの痛快な言行が癖になってきて、読み終わる頃にはちょっと異世界で店長をやるのもいいかもな、という気持ちも湧いているのではないだろうか。
ところで、なぜ魔王が道具屋を営んでいるの? と疑問を持つ方もいらっしゃるだろう。その理由はちゃんと最後に明かされるのだが、実はちょっとした仕掛けがあって、筆者も真実が明らかになった瞬間に「あ、そう来たか」と膝を打った。伏線自体は序盤から張られているのだが、スライムに服を脱がされる常立に注意力を削がれたりしていたせいでつい引っかかってしまった。あまり大がかりな仕掛けではないものの、本作には予想を裏切る展開が散りばめられているので、もうラノベなんか読み飽きたぜへへへ……という方はその辺りを予想しながら読んでみると面白いかもしれない。
ただし、一つだけ予想を裏切らないものもある。
それは従業員の勤務態度である。賭けてもいい。彼女らがいかに働かないか、発売されたばかりの2巻で確かめて欲しい。
レビュアー
ミステリーとライトノベルを嗜むフリーライター。かつては「このライトノベルがすごい!」や「ミステリマガジン」にてライトノベル評を書いていたが、不幸にも腱鞘炎にかかってしまい、治療のため何年も断筆する羽目に。今年からはまた面白い作品を発掘・紹介していこうと執筆を開始した。