戦場の殺人兵器は言った「ふつうは難しい」
そんな彼が住むアパートの外では、野川の動向を監視するため、警視庁公安部員ふたりが常時張り付いていた。
宅配業者がアパートの呼び鈴を押す前に、業者のお兄さんの口を塞ぎ、荷物を受け取る。
近所の野良猫がケンカを始めると、餌を与えて仲裁する(屋根伝いに移動して!)。
野川はつぶやく。
「50db以上の騒音排除を徹底しなくては」
彼の予測のつかない動きに翻弄される公安部員は、追跡中、あっという間に背後を取られる。
野川は、すでに監視者の存在を察知していたのだ。
そして「僕はふつうに暮らしたいだけなので」と訴える。
「こう… ノートが一つ一つ埋まっていく達成感…?」
戦場の殺人兵器は、とても小さな自己達成感を大切にする男であった。
そうしてもうひとつ分かったこと。
彼は子育てをしていたのだ。
近隣で爆音を鳴らして飲んでいる“怖めのお兄さん”がいれば、速攻で気絶させてボリュームオフ。公安部員に「気絶もダメ」と言われて、「ふつう… 難しい…」とつぶやく。野川流星は、いわば史上最強のベビーシッターなのである。
しかし、なぜに戦場の殺人兵器が、赤ん坊を育てているのか?
赤ん坊は彼の子どもか?
なにひとつ分からない。
いや、ひとつだけ分かっていることがある……。
そして、賞金がかけられているのは、野川ではなく赤ん坊なのだ!
「殺るか、殺られるか」ではなく「殺るか、育てるか」の物語
ここで展開されるのは、限定された舞台(野川が住むアパートと、その生活圏)と、限定された登場人物(アパートの住人と、それを監視する公安部員)による物語。これが喜劇であればシチュエーション・コメディと言われるジャンルなのだけど、本作はアクション作品だ。しかも爆弾使いや、毒使いなど、さまざまな賞金稼ぎが“戦場の殺人兵器”に挑むという「殺るか、殺られるか」の殺伐とした物語。しかし、主人公の野川は「ふつうに暮らしたい」だけ。その身体能力をもってして、赤ん坊の睡眠を守り、健やかな成長だけを考えている。そうなると「殺るか、殺られるか」という物語が、「殺るか、育てるか」という奇妙な物語にズレていくところが、おかしくって、かわいらしい。いわば、本作はシチュエーション・コメディ・アクション漫画なのだ。さらに、野川の飛び抜けた身体能力と危険察知能力が、飛び抜け“過ぎている”ことが、アクションにコメディ味を加える。
たとえばこんなシーン。
火のついた置きタバコをしたままベランダで寝る隣人(実は爆弾使いの男)。タバコの煙を赤ん坊に吸わせまいと、火を消そうとする野川。公安部員が監視している手前、住居侵入はできない……ので、屋根からぶら下がって火を消す! 床には足を付けていないから、住居侵入にはならないという野川に
「それもダメ! そんな身体能力の人を基準に法律作ってないんです!!」
「…ふつう 難しいな…」
さらに爆弾使いの男は、野川の身体能力と危険察知能力を読もうと、あるトラップを仕掛けている……という伏線があり、「どっちが殺人者としてスゲーか」という頂上争いが静かに繰り広げられる。しかし、野川はその争いには絶対乗らない!
さて、なぜ野川が赤ん坊を育てているのか? 彼はこんなことを言う。
狙撃手は標的を仕留めるために、息を殺し、トイレにも行かずに垂れ流し、72時間以上集中力を切らさない。そんな狙撃手も任務が終了すれば休める……。
その考え方は、ちょっと気負いすぎ。今の子育ては、もっと周りに助けを求めていいんだよ。
すると野川は言うだろう。
「…ふつう 難しいな…」








