自分が赤ん坊~幼児だったころの話を、当時を知る大人たちに尋ねると、だいたい「派手な鉄板ネタ」が出てくる。初めて見る雪にずんずん埋もれていった、とか。それはそれで幸福なオールタイムベストなのだが、別に連日雪に埋もれていたわけではないし、現在と同じような「毎日」があったはずで、でもそういう時間のことはなかなか語られない。まあ、当然ながら、頭の奥にしまい込みすぎて、ほとんど忘れちゃっているのだ。でも新生児と触れ合うと当時の記憶がカッとよみがえるらしい。
松本ひで吉さんのエッセイ『ぱるたん~ちいさい人とのくらしは毎日たのしい~』は、「ちいさい人」こと松本さんの息子さん“ぱるたん”が誕生したその瞬間からの「毎日」が描かれる。第1巻はちょうど123日目まで。
うれしかったり、びっくりしたり、しあわせだったり。毎日が音と匂いと温度でいっぱい。見どころ満載だ。
「頭でっかい、カワイー」とみんなが口々に言うのを出産直後のヘトヘトの状態で聞きながら「頭でっかいんだ」と思ったことも(この客観性と観察眼が松本さんらしくておもしろい)、対面した赤ちゃんの小ささも、助産師さんの「お母さんはいつだってベストを尽くしています」という強い言葉も、「前の病院」への憤りも、みんな同じページに並んでいる。
そう、毎日いろんなことがあって、いろんなことに気づいて、それが「たのしい」のだ。松本さんのコミックエッセイ『
犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』や『
いきものがたり』で発揮されたユーモアや愛情深いまなざしが本作でも光る
猫のガーラさんが認識する「オレたち」がかわいい。松本さんを気づかい、絶妙な距離感で赤ちゃんに接するガーラさんの毎日も本作の魅力のひとつだ。
そして親でありマンガ家である松本さんならではといったナイスな絵がいっぱいある。
ゲップをさせた直後の表情の容赦ない渋さに笑ってしまう。いい顔だなあ、ぱるたんは本当にこんな顔でお母さんのことを見ていたんだろうな。丸っこい後ろ姿やおひな巻きのみっちり感も愛らしい。
さて、そんな松本さん一家の新しい毎日が描かれる本作なのだが、なぜ“ぱるたん”なのかというと……、
授乳も、寝かしつけも、想像していたのとはまるで違って本当に大変。マミーブレイン(産後ボケ)と戦いながら育児をしたり、仕事をしたり、毎日ヘトヘト。それでも「君は完璧」。だからぱるたん。
本作はぱるたんの観察日記といってもいい。
育児のイメージと現実(ぱるたんはよく泣くタイプの赤ちゃんで、松本さんや松本さんの夫とぱるたんとの“攻防”が本作でもたびたび描かれる)の合間に見つけるミルクしか飲んでいない白い舌。きっと、このページを読んで赤ちゃんの白い舌のことをハッと思い出して「そうそう!」と懐かしくなる人も多いんじゃなかろうか。
個人的にとてもグッときたのはこちらのページ。
大好きなぱるたんが喜んでいるところが見たいけれど、だっこしている松本さんから見えるぱるたんはこんな感じ。ほんのちょっとした口の動きでぱるたんの笑いをキャッチする親心! いとしいなあ。
そして本作のために書きおろされたマンガもとてもいい。
ああなんてことだ、生後64日の頃に読み聞かせていた絵本を、ぱるたんが自分で読んでいる……!
感情のバリエーションが増えて、できることも少しずつ増えていくぱるたん。生後118日目には、あの小さな赤ちゃんがここまで成長している。
音と表情と勢いで勝負! ぱるたんは、ギャン泣きする日と同じくらい、どんどん爆笑するようになるのだ。なお、ぱるたんの笑いについて松本さんは本作の「おまけ エッセイ」でこう書いている。
もっともっと笑ってほしい、この子がずっと笑顔でありますように……。
っていうかウケたい。
ドッカンドッカンわが子にウケたい。産後の身体に鞭打って、子の上で腕立て何十回もしました。顔をちかづけると爆笑してくれるから。本当、子育てって体力勝負ですね。
わが子にウケたい一心で連呼する「うんちブリブリ」に、それと同等のウケパワーを持つ「確定申告!」、それから仕事中にふと寝姿を見て感じる「新しい『人』」の気配、ぜんぶたのしい。ぜひ1ページ目から少しずつ読んでほしい。こんなたのしい毎日、ぜんぶ見逃したくない!と思うはずだ。
レビュアー
花森リド
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori