最初は薬指につけていた宝物の指輪を、この子はどうして中指に移したのだろうとしばらく考えて、私なりに理由をいくつかひらめいたとき『宝石箱に愛をつめよう』のことをますます好きになりました。すみずみに少女マンガのよさが込められて、読む人の胸を打ちます。
絵や言葉のひとつひとつにちゃんと意味があるんです。
この2人の間でふわふわ舞う美しい粒にも意味があり、その意味が私の胸に届くと鳥肌がたつ。本作の帯にプリントされたメッセージ「みきもと凜 史上最高傑作」はホントだな~と思います。
大切なものを失って、自分の人生や誰かの人生を大きく損ねてしまったあとに生きていく人たちのラブストーリーです。
「在るべき場所に戻す」ってものすごい言葉だと思います。痛みや過去をチャラになんてできないし、したくないし、その上で、いま生きている人の手を優しくつかむ覚悟のある人が、一生懸命考えて、やっと口から出てくるタイプの言葉。良い……!
ヒロインの百音(もね)は16歳。目力強めの女子高生です。
気むずかしい&好戦的な表情がとてもかわいい(本作の表紙も必見ですよ、かなり本気のしかめっ面!)。ラフに着崩した制服に、オシャレな女友達。向かうところ敵なし、青春真っ盛りのつよつよ女子高生のように見えますが、彼女の心には絶対に消えない、忘れられない過去があります。
そんな百音に何かと声をかけるのが、“杏治(あんじ)先輩”です。
ご覧の通りのイケメンで、しかもピアノが弾けて、校内どころかSNSの大波に乗って校外にもファンがいるような人。昔は派手に遊んでいたようだけどいまはフリーで、百音に「メシ食えよ」なんて親戚のおじさんみたいなことを言う。
というのも2人は元バンド仲間だから。
青春がほとばしるような写真! ……でも過去形です。ボーカルの百音の右側にいるのがギターの“快音(かいと)君”。彼は2年半前に交通事故で亡くなり、バンドは自然消滅しました。当時14歳だった百音は16歳になって、友達と遊んだりバイトしたり、それなりに楽しくやっています。でもカラオケには行きません。そして快音君からもらった指輪をずっと肌身離さず持っています。
指輪は大切な宝物。ところで、当時の百音はこの指輪を右手の薬指に付けていました。そして16歳になったいま、指輪は右手の中指で光っています。しかもぶかぶか。薬指と中指を触ってみてください。中指のほうが骨は少し太いはずです。つまり、体だって成長しているはずなのに、いまの百音はとても痩せています。そして杏治先輩の「メシ食えよ」のかけ声。たぶん百音の体はときどきとてもしんどい状態で、心もしんどくて、杏治先輩はそのことに気づいています。
大切な人を失ったのは杏治先輩も同じで、快音君の事故のときに百音がどんな状態になったかを少しは知っていて、そもそも百音のことがとても大切だから、杏治先輩にはわかるんです。
悲しいからといって毎日ずっと泣いてわめいているわけじゃないし、でもどんなに日常が前に進んでも、心は別の場所で立ち尽くしてしまう。本作はそういうことを少しずつ伝えてきます。
杏治先輩はどうやって百音を「在るべき場所」に戻そうとするのでしょうか。
そう、あの頃みたいに百音に歌ってほしい。本作はバンドのマンガとしてもすごく楽しいですよ。「こんなバンドマンいてほしい~!」と思う人たちが1巻の時点でバンバン出てきます。
さて、もう一度歌おうよと誘われたものの、カラオケにも行かなくなった百音はどうする?
真剣に考えます。ものすごいしかめっ面。いい顔だなあ。「考える」ことをとてもていねいに扱うマンガです。表情、言葉、光の粒、渋谷の街並み、いろんな瞬間を重ねて、16歳の女の子が青春の真ん中に足を踏み入れていく様子が描かれます。百音がモリモリ食べているこのプーパッポンカレーにも大切な思い出と秘密があります。百音が肌身離さない指輪にも、いろんな意味がこめられているはず。
そして杏治先輩にとって百音は「昔から知っている、放っておけない仲間」だけではなさそう。
ときどき杏治先輩が見せるその顔、私は本気だと思うんですが……! 人生をゆさぶる音がする!
作中に登場するヴァネッサ・カールトンの名曲『A Thousand Miles』をお供に読んでほしいです。絶対に聞きたくなっちゃうはず。歌詞に百音と杏治先輩のいまを重ねてしまいます。しみますよ。
レビュアー
花森リド
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori