ふたりの偉人/変人による熱き“幕末友情物語”
本編の『だんドーン』は「日本警察の父」川路利良とその周辺、おもに薩摩藩を中心に、コメディタッチで幕末の動乱を描いた一作だ。
一方、『さがドーン』はその「佐賀編」と言ったところ。時代は同じ幕末、九州の片隅・佐賀藩で人知れず出会った、明治新政府における初代司法卿・江藤新平と、佐賀藩第十代藩主・鍋島直正との知られざる交流を描いた物語である。
主役の一人、鍋島直正は、佐賀藩主としての地位にありながら圧倒的な理系オタクの研究者・技術者でもある。さらには自藩および国家の将来を明確に見据える慧眼を持ち、国家の近代化・世界的視野における国防の重要性にいち早く気づいていた幕末の賢君である。
幕末の動乱を背景に、ギリギリまで討幕派・佐幕派のどちらにもつかず、自らが先頭に立ちひたすら大砲や蒸気船等の近代兵器の研究開発・導入を進めていた鍋島直正。他者には言動の意図が読みづらく、ときに狡猾にも見えるその立ち回りにより、他藩から「肥前の妖怪」として恐れられていた存在だ。
常に佐賀の、そして日本の将来を見据え、その行く末の困難さに押しつぶされそうになっていた直正。そんな彼が、一見みすぼらしく愚鈍な素浪人に見えるが、実は余人に代えがたい見識と頭の回転の速さを持つ下級藩士・江藤新平に出会う。
「シゴデキの上司」と「ピュアな天才部下」の組み合わせが最高!
そんな奇人・変人たちが活躍する幕末の動乱を題材にした漫画作品は数あれど『だんドーン』および『さがドーン』に共通して特筆すべき魅力は、あえて「英雄のロマン」のテイストを脱色した人間臭い演出、あえて言うならば登場人物たちの「肩の力の抜け具合」である。
高尚な理念を掲げて疾走していた幕末の志士たちも、当然、なんの葛藤も迷いもなく突っ走っているわけではない。ときに「理不尽な上司の思いつき」に振り回され、「組織内の派閥争い」や「現場に丸投げされる無理難題」に苦しめられる。現代のサラリーマンや公務員にも痛いほど通じる「組織の悲喜こもごも」が描かれた「お仕事漫画」としての描かれ方が、大人向けの漫画雑誌『モーニング』ならではの切り口と言える。
特に本作『さがドーン』に感じる大きな魅力は、「優秀であるがゆえに、ときに奇行を見せがちな『ピュアな天才(江藤新平)』」と、「そんな彼の行く末を案じつつ、その能力を信じて守る『シゴデキな上司』(鍋島直正)」という組み合わせだろう。
普段は偉ぶらず飄々としながら芯は決してブレず、大切な判断は絶対に間違えない鍋島直正。彼の描かれ方は、「シゴデキおじさん」のキャラクターとして特に私が大好きな、特車二課第二小隊隊長・後藤喜一(『機動警察パトレイバー』)を思い起こさせる。ちょっとキャラデザが似ているというのも、その理由かもしれないが。
また、キャラクターに対する「正義と悪」「主人公側と敵側」というような安易なレッテル貼りを拒否する描き方も、ひとつの魅力といえる。「倒幕派と佐幕派」「攘夷派と開国派」など、否応なく国家が大きく二分されている政治状況を描きながら、どちらも方法論は違えど「この国の行く末を本気で案じた人たち」として描かれている。
この見事な緩急のコントラストがあればこそ、ベースはコメディでありながら「幕末という時代がどれほど殺伐とした過酷な過渡期だったか」が、皮膚感覚で伝わってくる。
『モーニング』本誌にて全5話の短期連載として掲載された作品であり、単行本はこの一冊で完結。『だんドーン』の世界をより深く、面白く知るためのスピンオフ作品としてのみならず、従来はスポットがあまり当たらない「佐賀藩」をクローズアップしたレアな幕末活劇として、単独でも十分に楽しめる一作と言える。








