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2021.08.28

レビュー

交番(=ハコ)勤務女子の警察官あるあるお仕事漫画。人の正義感が怖い!?

小学館漫画賞の受賞に、テレビドラマも好評で、今イチバン目が離せない警察マンガ『ハコヅメ~交番女子の逆襲~』。普段の「ハコヅメ」は、ゆるくて理不尽な警察官の日常を描いたシチュエーションコメディとも言える作風で、いつどこから読んでもしっかり笑わせてくれる作品です。ですが、本レビューにて紹介するのはスピンオフの『ハコヅメ~交番女子の逆襲~ 別章 アンボックス』。「ハコヅメ」本編にも不穏なシリアス回はありますが、「別章」は本編とはだいぶ毛色が違います。1冊通してシリアス展開です。




「別章」は、生活安全課のくノ一捜査官「黒田カナ」がメインとなるシリーズで、物語の時系列的にはコミックス17巻と18巻の間に位置するエピソードです。普通にナンバリングで語られても良い内容でしょう。
しかし、コミックスの帯には作者の泰三子先生が、
「『アンボックス』の題材は殺人事件で、楽しい事は何も出てこないので、目にしたくない方が飛ばしやすいようにタイトルを変えました」
と注意喚起がなされています。

つまり、そのように前置きするくらい本編とは別物ですから、あくまで「黒田カナのスピンオフ」として切り出しているのは非常に納得できますし、良い配慮だと思います。また元警察官である作者が描く殺人事件なので、捜査員の心理描写も生々しく迫ってきますし、色々と考えさせられ、やりきれない気持ちになるのは確かです。
そのため、重苦しい話を目にしたくない方が本シリーズを飛ばして、この「別章 アンボックス」を経由しなくても「ハコヅメ」本編の話についていけなくなることはありません。

実際、8月に発売の18巻に収録されるエピソードでは、「別章」で発生した事件の後に時計の針が進み、その中では「何があったか」には触れず、町山署に「どんな変化があったか」に軽く触れるだけでいつもの「ハコヅメ」が続いていきます。

カナの警察学校時代の回想から「別章」は幕を開けます。指導教官の横井から日頃の素行について聴取を受けるカナ。そこで彼女は自身が抱える「正義感」へのコンプレックスを吐露します。

その理由は、家族は名もなき多数派によって振りかざされた「正義」によって散り散りになったから。多数の人が振りかざす「正義」から追われるような環境で育ったカナは、多数派の「正義」側の人間になってみたくて警察官になったと述懐しました。

「別章」の被疑者と被害者は、本編で少し前からちょくちょく登場していたDVカップル。警察はそういったDVや虐待の事案に対してできることとできないことがあり、それでも防げない事件があるという事実に対して元警察官である作者が抱いている忸怩(じくじ)たる想いが伝わってきます。

それでも「別章」は、導入から結末まで綺麗に1冊分のエピソードで完結しているので、「ハコヅメ」本編を未読の方でも違和感なく楽しめるでしょう。

とはいえ、より深く作品を楽しむには既刊を履修しておくに越したことはありませんので、できれば13巻から、最低でも本編16巻と17巻に仕込まれている前フリを押さえれば、よりこのシリーズの持つ物語の奥行きが増すでしょう。

そんな前フリの例を挙げるとすると、例えば16巻では、139話で繰り返し発せられる「裏切り」というキーワードがあります。普段の会話のような気軽さで、巡査部長たちがそれぞれ発する「裏切り」の軽さと日常感と、その後に撃ち込まれる、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」をモチーフにした見開きが示唆する「裏切り」の重さと不穏さの対比。

イスカリオテのユダの位置にいる人物が示す人物。それはつまり「別章」のメインキャストであるカナのことなんですけどね。

「別章」を読んだ後に本編を読み返すと、今までの全てに伏線が張られているんじゃないかと深読みしたくなります。
今回の加害者と被害者のカップルだって、どう見てもモブなんですけど何度も出てくるのですよ。
確かに複数回出てくる脇役はたくさんいるんですけど、何度も出てくるモブの事件に違和感がなかったかと言われると、明らかに異質でしたが、このような結末が用意されていたとは思いもしませんでした。

だからこそ、本編にハマった人はどうか「覚悟」してこのスピンオフを読んでもらいたいのです。そして既刊を読み返して欲しいのです。例えるならばマーベル映画の「フェーズ」分けのように、アンボックスはハコヅメの物語を次のフェーズへと送り出す中締めのような立ち位置なのです。
今までの「ハコヅメ」本編に散りばめられていた伏線の点が、一筋の線となって結びつく手がかりと、物語のピースがはまっていく快感がこの「別章」にあります。

ゆるくて理不尽な警察官の日常を描いたシチュエーションコメディが、確実に一つ「フェーズ」が変わります。「別章」によって作品が被っていた羊の皮をアンボックスした「ハコヅメ」に、目が離せそうにありません。

レビュアー

宮本夏樹 イメージ
宮本夏樹

静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。

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