これまで一度も考えたことがなかったのに、この作品を読みながら、ふとそんな思いが胸をよぎりました。
お話の舞台は、大正時代の浅草。
蕎麦屋の娘・梅子(17)の日課は、かつお節を削ること。家業の手伝いではありますが、梅子はかつお節を削ることが、とにかく大好きなのです。
そんな梅子が、女学校の帰りに出会ったのが、きれいな顔立ちの学生・譲(じょう)。
草履の鼻緒が切れたところを助けてくれたのですが、なぜか彼は不機嫌。
そのせいか、現代ではまずお目にかからないシチュエーションなのに、妙にロマンチック。
しかし、ちょっとした行き違いから、この出会いは最悪なものになってしまいます。
その後の再会は、梅子の実家の蕎麦屋でした。
譲は、長いこと外国で暮らしていたため、和食が口に合いません。
ところが、梅子が作った「かつお出汁」を飲んだ瞬間……
そんなとき、両親は梅子に見合いをさせようと画策します。というのも、姉が見合いをすっぽかして駆け落ちをしてしまったからです。
大正時代は、見合い結婚が主流だったようです。『鬼滅の刃』などの影響で、時代の空気を知った気になっていましたが、実際の暮らしや恋愛観となると、自分が何も知らなかったのだと思い知らされます。
けれど、私の祖母も大正生まれだったと思い出したとき、この話がグンと身近に感じられました。
私がこの時代に生まれていたら、どんな恋愛をしたのだろう。
きっと、この梅子のように感じたに違いありません。
こんな自由な譲に、梅子は興味を持ち、彼が探し求める“味”を一緒に探したいと思うようになります。
恋と呼ぶにはまだ早いけれど、確かに心の中で何かが芽吹き始めているのが伝わってきます。
ただ、相手は異国育ちの御曹司。銀座にも行き慣れていて、カフェのオーナーとも知り合いという家柄。
一方の梅子は、家業を継ぐ立場の娘です。
梅子が惹かれそうになるたびに、「大丈夫なの?」と、読んでいるこちらの方が思わずブレーキをかけたくなってしまいます。
そして、料理がまるでダメな梅子を支える、幼なじみのカッちゃんの存在も見逃せません。彼はかつお節屋で、梅子も譲もお得意さま。ふたりの仲をとり持つあまり、梅子に対する気持ちに、気づいていないのではないかと感じました。
なぜ、大正11年なのだろうと調べたら、翌年に関東大震災があったことを思い出しました。
当たり前の毎日が一瞬で壊れてしまったことを思うと、このお話に出てくる梅子たちの穏やかな日常が、急に愛おしく感じられます。
子供のころ、我が家にもこの作品に出てくるような「かつお節削り」がありました。かつお節を削るのは本当に難しくて、私が削るとボソボソ。だから当時は好きではなかったのですが、読み終えたあと、無性に削り立てのかつお節をまぶした「おかかご飯」が食べたくなりました(笑)。
家柄や常識など、いろいろなしがらみがあるこの時代、彼らがどのように生き抜いていくのか。
かつお節が取り持つ縁が、やがて恋へと変わっていく様子を見守りたいと思いました。







