主人公の月子は和菓子店の一人娘。店の手伝いをしながら、いつか一人前の職人になることを考えている。そんな彼女が働く「宵待堂」に、名家・竜仙家の次男坊である栄寿が立ち寄る。
月子の菓子を気に入ったのか、栄寿は連日店を訪れては買い上げていく。そんなある日、宵待堂が火事に遭い、月子は両親を亡くしてしまう。女性ゆえに和菓子職人として働くこともできず、行き場を失っているところに栄寿が現れる。絶望に打ちひしがれていた彼女は、そのまま倒れ込み、翌日目覚めると目の前に栄寿がいた。そしてこう告げる。
実は、栄寿には婚約者がいる。その婚約を破棄するため、月子に“仮初(かりそめ)”の妻を演じさせ、そのかわりに店の復興を支援する。それが栄寿の申し出だった……。
大正から昭和初期を描いた女性コミックは多い。近年は、その時代の雰囲気を色濃く残しつつファンタジーや転生譚とハイブリッドした作品も派生して、賑やかになってきた気がする。そのなかで『一途と純情 ~大正宵待恋々譚~』は繊細なタッチで、行き場を失った娘を救う男という“王道”をゆく展開。そんな身分違いの婚姻という“王道”の作品ではあるのだが、同時にとても慎ましいエロティックさにも溢れている。80年代の「BE・LOVE」に掲載されていた作品群に通じるところもあって、あの時代にドキドキしながら読んでいた女性漫画ファンに強く推したい。例えば、こんなシーン。
ここから月子と栄寿は“同衾”し、そこから「ちゅ」「ちゅく」といった擬音が溢れる描写がねっとり続く。しかし、最後までは果たされない。なぜか栄寿は、突然に布団から出ていってしまう。
本作は女性漫画として、思いが「通じる/通じない」という展開もきめ細かいのだが、大人向けの女性漫画として「果てる/果てない」までの展開がとても丁寧に描かれている。たとえば二人が知り合うきっかけとなる琥珀糖。砂糖と寒天からできたこの透明な和菓子は、まわりはカリカリとしているが、歯を立てれば柔らかな寒天ゼリーが粒となり、ほのかな甘味を伴って口に広がる。そんな琥珀糖が何を意味しているのか? 作中の説明では、この琥珀糖には胡桃が入っているとあるが、その胡桃とはなにを象徴しているのか? そんなことを考えるとドキドキする。
大正時代の身分違いの結婚。そうなると障害になるのは「家」や「格」。竜仙家は華族であり、その婚姻は政治的な意味合いを持つ。栄寿の婚約話は、竜仙家には金を、先方の家には名誉がもたらさせる話で、そう簡単に潰せるものではない。当然、栄寿の結婚話は反対されるものと思いきや、栄寿の母親は意外にも理解を示す。
栄寿は本妻の息子ではなく妾腹(しょうふく)の子。栄寿とは血のつながりがなく、その優秀さを買われて竜仙家の養子となっただけのこと。彼に興味のない本妻の了解を得て、栄寿は両家が納得できる商談と引き換えに、婚約話を解消する。婚約者だった先方の娘、撫子お嬢様もまた別の男性を愛しており、実は婚約話の破棄は撫子お嬢様から持ちかけられたことがわかる。これですべては丸くおさまる。そうなると栄寿の月子への本心は……?
一方の月子にも、栄寿に話せていないことがある。彼女がまだ少女だった頃、結婚を約束した四歳下の織部琥珀という少年の存在だ。病気がちな母のため好物の和菓子をよく買いに来て、月子が練習で作った琥珀糖を一緒に食べ、その後、母が死んで姿を消してしまった少年。月子の心の中には、ずっと琥珀少年が存在していたのだった。
栄寿の優しさに触れ、月子は心から彼に惹かれていく。もはや二人を隔てるものはない。そして月子は、栄寿から「店の復興は必ずさせるし、俺は貴方と離縁するつもりはない」と結婚指輪を差し出される。
そして祝言をあげて晴れて夫婦となった月子と栄寿は初夜を迎える。すでに心を許しあった二人にとって、この夜は初めて結ばれる夜になる。そこで月子は見つけてしまう。かつて琥珀の体にあった同じ傷跡を……。栄寿は、まだ何かを隠しているのか。それは次巻以降のお楽しみだ。
レビュアー
嶋津善之
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。