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2026.02.04

レビュー

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親に捨てられた兄妹──生きるために踊れ! 魂を震わせる激情のバレエロマン『Toi Toi Toi』

バレエで成り上がる! 人生どん底兄妹の逆転物語

バレエダンサーになりたい。プリンシパル(バレエ団最高位ダンサー)になりたい。そんな想いを抱いた少年を描く漫画、と紹介すると、バレエという華やかな舞台でスポットライトを浴び、キラキラと光を放つ輝かしいダンスを踊る姿を想像するかもしれません。

ちなみに、本作のタイトル「Toi Toi Toi」とは、オペラやバレエなどで、出番前の出演者に向けて送る「がんばって」「うまくいきますように」といった相手の成功を祈るおまじないのこと。

しかし、本作はそんな華やかさや可愛らしいおまじないとは縁がない、どん底を生きる少年が主人公。自分たちを捨てた母親の借金を背負い、風俗街の片隅で暮らすアキラとコウの兄妹。面倒を見てもらっている風俗店店長との約束で、14歳になったら風俗店で客を取らざるを得なくなる、この歳にして詰んだ人生。
そんなふたりにとって唯一ともいえる楽しみが、バレエです。かつてバレエダンサーでもあったマダム・ヤンのもとで無料のレッスンに通う日々。
ふたりの才能は買いつつも、不幸な境遇を考えると、その先に未来があるとも思えず、涙するヤン。

しかしある夜、ひょんなことから名門・ロシア国立ヴェリーキー・バレエ団のプリンシパルを務めるキングこと桐谷黎士と出会ったことで、ふたりの人生が大きく動き出します。

「親の蒸発」「借金」「風俗店」と「バレエ」「プリンシパル」という陰陽のワードが生むコントラストが、本作をドラマチックに演出。競技系作品に欠かせない努力や技術論に人生逆転要素が加わり、男性バレエ人口2万に1人しかなれない超狭き門であるプリンシパルを目指すという状況とも相まって、人生を賭けたヒリヒリする成り上がりストーリーが誕生。美しい芸術を描きながら、とことん泥臭い。ここが本作の大きな見どころのひとつです。

感情が宿る! 肉体が躍動する! 大迫力のバレエシーン

そもそも主人公アキラは、プロのダンサー、ましてやプリンシパルになることを目標にバレエを習っていたわけではありません。しかし、夜の公園でキングと出会い、彼の鬼気迫るようなバレエを間近で見て、アキラはキングに、そしてバレエに心を奪われてしまうのです。

キングは、たまたまアキラが踊った『スパルタクス』という演目でのダンスを見て、あえて自身も同じ演目をアキラの前で踊ってみせます。ローマ軍の捕虜となったスパルタクスの慟哭と苦悩。不条理への嘆きはやがて怒りへと変わる。そんな感情を見事に踊りで表現したキング。
彼が見たアキラの踊りはネットの映像を真似た、身体能力が光るスポーツ的なもの。それでもキングはアキラの素質を見抜き、プロの道へと誘うのですが、バレエという芸術においては、表現力も重要です。そのポテンシャルがどこまで隠れているか、キングはアキラを挑発し、その“怒り”を引き出します。
これまで、風俗店の店長に虐げられ、圧倒的プリンシパルなキングの踊りに気圧されてきましたが、ここでようやく、アキラのターン!

なんと3連続見開きページという大胆な構成で描かれる『スパルタクス』での情熱的な踊りは、“人生を変えてやる”というアキラの、そして“本物を描く”という作者・山田大和の覚悟が伝わってきます。
しかし、さすがはキング。後日、彼が大勢の観客の前で披露する『スパルタクス』を描いたシーンでは、アキラの3連続を上回る、5連続見開きページでアキラを凌駕。キングの演技描写に、圧倒されるアキラの心の声が重なる演出も見どころです。

圧倒的存在感とクセの強さが魅力! キングというキャラクター

アキラに可能性を感じ、本格的にバレエの世界へと引き入れることになる天才ダンサー・キング。現時点ではライバルどころか足元にも及ばない、アキラにとってはラスボスのような存在です。優秀なビジュにバレエダンサーとしての圧倒的な実力、そして一筋縄ではいかない“俺様”な性格。ボスキャラとしては申し分なしといったところ。

アキラたちの才能をこのまま埋もれさせるのは惜しいと語るマダム・ヤンに対する、キングの辛辣(しんらつ)なコメントがこちら。
登り詰めた男にしか吐けないセリフに痺(しび)れます。

さらに、アキラの借金を肩代わりすると言い出したキングに、気味悪がった風俗店店長がその目的を問うシーンでは、こんな描写も。
まさに王。キングの名にふさわしい振る舞い。でも、ちょっと待ってください。「奴隷の質が高ければ王の価値も上がる」と、もっともらしい表現を使いつつ、「俺の首を取る覚悟と気概を持った奴隷が欲しい」と発破をかける。一連の態度にマダム・ヤンは「傾(かぶ)き過ぎだろ」と苦笑するのですが、そうなんです。きっとキング、いいヤツなんです。何の縁もない相手のため借金代500万円をポンっと払う。どん底から這い上がろうとする才能の塊に金を惜しまず、アキラが本気になれるよう、敵役を買って出る。
悪そうな顔とセリフの裏に隠された、逸材を見捨ててはおけないと、王としての務めを果たすキングの想いに、心がときめいてしまいます。

華麗な芸術であり、裕福な家の子が習うイメージが強いバレエ。しかしダンサーにとっては、プリンシパルを目指してしのぎを削る激しい競争の世界であり、月謝を払うどころか日々の生活すら必死だった兄妹にとっては本来縁遠いもの。運命に導かれるように、プロの道へと歩みを進めたアキラたちの、美しくも泥臭い下克上の物語を、王を倒すその瞬間まで見届けたいと思います。

レビュアー

ほしのん

中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。

X(旧twitter):@hoshino2009

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