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2025.12.28

レビュー

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呼び覚まされる恐怖!試される覚悟!! 呪われた土地からの生還を目指す『メアヘイム』

神なき地への旅

濃密で、頑丈な世界観。先の読めない展開。それでいて古典のような風格をまとっている。
『メアヘイム』は、そんな類い稀な作品なので、決して読みこぼすこと無きように!
おおメアヘイムよ……
そこでは腐り落ちたる果実が枝へと戻る
それを食
む者とていないのに
おおメアヘイムよ…
そこでは湖面が火に燃える
鮮やかな宝石が虚空に浮き
かつての住処
は手が届かず
時に黄金が水のようにしたたる
条理なきメアヘイム
今や神の御手
なき地……
ならばこそ火追
い者たちは追う
この地に湧く奇物 およそあり得ぬ宝たちを
あるいは不老の妙薬か あるいは免罪の聖水か
あるいはすでに失われた命とて…
その手に取り戻す手立てがあるかもしれない
おおメアヘイムよ
そして火追い者たちよ…
神の手によらぬ幸運がそなたらの下にあらんことを
これは本作のプロローグで唱えられる詩。まずは、これを頼みに物語を説明しよう。

ひとりの少年が、神の御手なき地、忌まわしき“冥地”であるメアヘイムへと旅をしている。
彼の名はレン=クロミア。最愛の弟ウェルトの命を救う万能薬を求めてやって来た学者。彼のように、この世ならざる秘宝を求めて“冥地”に入ろうとする者は「火追い者」と呼ばれる。冥地はすべての条理(もののことわり)が通じない危険な地ゆえに、そこに足を踏み入れて帰ってくるものは少ない。しかし秘宝を求める火追い者たちは後を絶たず、観光目当ての人々もあって、メアヘイムの街は賑わいをみせている。そんな町で、レンは街一番の冥地案内人トビアを雇う。
無愛想なトビアだが「お前なら生きて帰れる火追い者になれるかもしれない」と、街に隣り合う冥地にふたりで足を踏み入れる。その冥地はなんの変哲もない田舎町で、町人たちが普段通りの生活を営んでいた……。しかし町人は、人ではない。それはメアヘイムという田舎町が、冥地に変わった瞬間に焼きつけられた影であり(幽霊ですらない)、悲劇の瞬間を延々と繰り返しているのだという。救いのない地獄が繰り返される、まさに神の御手なき地。

トビアは案内人を引き受けるにあたって、冥地での鉄則をレンに教える。
ひとつ、冥地に危険がないなんてことは決してない。
ひとつ、冥地の物に手を触れない。
ひとつ、俺の言うことに無条件で従う。
旅のために男装していたが、レンは女性だったのだ。

レンが求める万能薬は、冥地の中心部にある“百舌鳥の泉”に湧いている。飲んだ者の病を癒す治療薬にも、自らへの恋に陥れる媚薬にも、地獄への苦しみへと誘う毒薬にもなる“それ”は、その効果と飲ませる者を願わなければ、その効果を発揮できない。つまり、他人が汲んだものは役に立たない。レンは、トビアから冥地の地理や危険な場所、魔女についての知識と対処法を座学で学んで準備を整え、改めて冥地へ足を踏み入れる……。

不条理と不道徳

第1巻の約半分で、物語はここまで進む。冥地がいかなる場所で、いかなるルールがあり、いかなるキャラクターが冥地に挑むのか? 適切な情報がドラマとなって淀みなく読者を引き込んでいく。この見事な物語を紡ぎ出したのは鶴淵けんじ氏。遥か昔の倭国、神と人が共存している世界を舞台にしたSFファンタジー作品『峠鬼』の作者である。

『メアヘイム』の物語を織物に例えるとして、縦糸は、愛する弟のためにどうしても万能薬を手に入れなければならないというレンの目的だ。そして横糸は、なにかトリガーに触れれば即座“死の罠”が作動する冥地。物語としては、この縦糸と横糸で機を織れば、地獄巡りの冒険譚が成立する。にもかかわらず、作者はさらに糸に刃を向けるキャラクターたちを登場させる。レンとトビアに引っ付いて、彼らをガイド代わりにしようとするケチな火追い者たち「蛭(リーチ)」はまだかわいい方で、冥地の旅が楽になるなら人を嵌めても恥じない「蟷螂野郎(マンティス)」と呼ばれる悪党は、2人の旅を危うくさせる。たとえば、こんなシーン。

レンとトビア、そして蛭たちは、その姿を直視すると殺される「照れ屋の魔女」に遭遇する。遭遇したら魔女が過ぎ去るまで目を閉じていなくてはならない。そんな状況下でトビアに話しかけるマントの男アダー。言葉巧みに場を和ませ、気を緩ませたところでアダーは言う。
冥地についての豊富な知識を持つアダーは、同じく“百舌鳥の泉”を目指し、レンたちを出し抜こうとしている。いや別に、出し抜こうなんて思う必要もない。いざとなれば殺せばいいのだから……。
条理なき世界に道徳なき登場人物。これで物語はさらに重層的になり、深みを増していく。

もうひとつの『メアヘイム』の魅力、それは作画・Konata氏による圧倒的な画力だ。
『とんがり帽子のアトリエ』の白浜鴎先生や、最近なら『GALAXIAS』の果坂青先生にも通じるような、すごい才能が現れたと思ったら、なんとKonata氏はスペイン人の作家だという。フランスのバンド・デシネ的な絵でもなく、スペイン発祥のノベラグラフィカと呼ばれるグラフィクノベルでもなく、ましてアメコミでもない純然たるマンガのタッチ。スペイン人の作家といえば、モーニング誌で連載されていた『マタギガンナー』の作画を担当したフアン・アルバラン氏がいるが、スペインのマンガ事情は、日本の「マンガ」の絵を昇華し完全に我がものにするほどに進んでいるようだ(なんでもKonataのペンネームは『らき☆すた』のキャラ、泉こなたから来ているらしい)。

兎にも角にも『メアヘイム』は破格のマンガである。
もう一回言っとくけど、決して読みこぼすこと無きように!

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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