「それ」は数十年に一度海から現れる
──「それ」は
湯富日町(ゆぶかまち)に数十年に一度海から現れる
「それ」は海中では黒く巨大な怪魚だが
陸に上がるときは美しい若者の姿になるという
出会いは15年前。高遠幸也こと「ゆき」は、父親の家庭内暴力から逃げるため、漁業と温泉しかない海辺の母の実家に住んでいた。しかし、ゆきは出戻った娘に冷たい祖父や、自分と母の事情を噂する人たちに囲まれ、町に馴染めないでいた。そんなある日、彼は“凪の洞門”と呼ばれる洞窟で、口から血を流し裸で苦しむ男を見つける。
男は言葉を話せなかったが、犬やネズミ、カラスなど様々な動物に変化できる不思議な力があり、片時もゆきの側から離れなかった。ゆきは男に「ナギ」という名前を与え、母のいない夜をともに過ごし、やがてゆきの心の支えになっていく。
──「それ」は
五十年ほど前にも湯富日(ゆぶか)に現れ
町の娘を籠絡し供物を捧げさせ食い殺してしまったという
封印した記憶と、こじ開けられる記憶
湯富日町を離れて5年後。ゆきはナギの存在や父の死を、妄想だと考えて辻褄を合わせ、生きていた。ナギは自分が作り出した想像の友達で、死んでほしいと思った父を、ナギが殺してくれた。そもそも、犬やネズミに変化する人間などいない。あれは自分が作り出したイマジナリーフレンドだったのだ……と。
しかし時間は、その辻褄を埋め合わせてくれない。生々しい記憶が何度も蘇る。
自分のために、ナギは父を殺した。
それなら自分が父を殺したのも同然ではないか?
心療内科に通いつつ、受験期を迎えたゆきは、ある日、湯富日町で過ごしたときの同級生・依田と出会う。
そんな湯富日町で、ゆきは光起という親戚の少年に出会う。病弱で療養している光起は、どこか心を閉ざしたようなところがあった。彼が犬を可愛がる姿は、まるでかつての自分と、犬に変化したときのナギのようだった。心に引っかかるものを感じたゆきは、光起の部屋に入ろうとする。
それからどうして、ゆきはナギと暮らすようになるか? ナギとは一体なんなのか? ナギと湯富日町にはどんな関わりがあるのか? 物語的なおいしいところは次巻のお楽しみ。青い空と澄んだ海というヌケの良いロケーションを舞台にしながら、全体にダークで湿り気を帯びた空気が漫画全体を覆っているのだが、これはゆきとナギの歩む道をあらわしているのだろう。じっとりと絡みつくような恋の道行きを楽しんでほしい。








