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2025.12.22

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人ではないと知りながら離れられない……化け物に魅入られた男の執着の旅路『あやし道連れ』

「それ」は数十年に一度海から現れる

──「それ」は
湯富日町
(ゆぶかまち)に数十年に一度海から現れる
「それ」は海中では黒く巨大な怪魚だが
陸に上がるときは美しい若者の姿になるという
国語教師の高遠幸也は、ナギという美しい男と暮らしている。高遠幸也は「それ」と暮らしている。

出会いは15年前。高遠幸也こと「ゆき」は、父親の家庭内暴力から逃げるため、漁業と温泉しかない海辺の母の実家に住んでいた。しかし、ゆきは出戻った娘に冷たい祖父や、自分と母の事情を噂する人たちに囲まれ、町に馴染めないでいた。そんなある日、彼は“凪の洞門”と呼ばれる洞窟で、口から血を流し裸で苦しむ男を見つける。
口の中に刺さっていたのは釣り針。どうして……?
男は言葉を話せなかったが、犬やネズミ、カラスなど様々な動物に変化できる不思議な力があり、片時もゆきの側から離れなかった。ゆきは男に「ナギ」という名前を与え、母のいない夜をともに過ごし、やがてゆきの心の支えになっていく。
──「それ」は
五十年ほど前にも湯富日
(ゆぶか)に現れ
町の娘を籠絡
し供物を捧げさせ食い殺してしまったという
そんな安らぎの日々も長くは続かなかった。ゆきと母を追って、父親が現れたのだ。
父に海へと突き落とされたゆきが、はぐれたナギを心配して凪の洞門を訪れると……
そして、ゆきと母は湯富日町を出て、新しい父を迎え、ナギを忘れて生きていく……。

封印した記憶と、こじ開けられる記憶

『あやし道連れ』は、人魚伝説を下敷きにした伝奇作品であり、ラブストーリーである。相手は女性の姿をしたマーメイドではなく、男性の姿をしたマーマン。そこにほとんど違和感を感じないのは、本作がBL作品であるからだ(ジャンルとして確立されているほどなのかは分からないけれど、BL作品に人魚をモチーフにした作品は少なからずあるようだ)。ディズニーなどは別にして、伝奇もので語られる人魚の出現はおおよそ凶兆であり、災いをもたらす「人外」。つまり、ゆきとナギが出会った時点で、悲劇は始まっている。そして舞台となる湯富日町の人々も、人魚を鎮めるには無傷ではいられないだろう。

湯富日町を離れて5年後。ゆきはナギの存在や父の死を、妄想だと考えて辻褄を合わせ、生きていた。ナギは自分が作り出した想像の友達で、死んでほしいと思った父を、ナギが殺してくれた。そもそも、犬やネズミに変化する人間などいない。あれは自分が作り出したイマジナリーフレンドだったのだ……と。
しかし時間は、その辻褄を埋め合わせてくれない。生々しい記憶が何度も蘇る。

自分のために、ナギは父を殺した。
それなら自分が父を殺したのも同然ではないか?

心療内科に通いつつ、受験期を迎えたゆきは、ある日、湯富日町で過ごしたときの同級生・依田と出会う。
彼と話すうちに、ゆきは湯富日町の人々について考えを改める。出戻った娘に冷たい祖父や、自分と母の事情を噂する人たちは、田舎町の人間ゆえの不器用さと不躾さを抱えた人でしかなかった。誰も母子を嫌っていなかった。心を閉ざしていたのは、自分のほうだったのだ。依田の誘いを受けて、再び訪れた湯富日町は存外に居心地が良く、人々も優しかった。
そんな湯富日町で、ゆきは光起という親戚の少年に出会う。病弱で療養している光起は、どこか心を閉ざしたようなところがあった。彼が犬を可愛がる姿は、まるでかつての自分と、犬に変化したときのナギのようだった。心に引っかかるものを感じたゆきは、光起の部屋に入ろうとする。
高遠幸也は「それ」と再会する。

それからどうして、ゆきはナギと暮らすようになるか? ナギとは一体なんなのか? ナギと湯富日町にはどんな関わりがあるのか? 物語的なおいしいところは次巻のお楽しみ。青い空と澄んだ海というヌケの良いロケーションを舞台にしながら、全体にダークで湿り気を帯びた空気が漫画全体を覆っているのだが、これはゆきとナギの歩む道をあらわしているのだろう。じっとりと絡みつくような恋の道行きを楽しんでほしい。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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