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2025.12.27

レビュー

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この世で最も切ない殺人の物語。歪な共生関係から破滅へとむかってゆく『私が大好きな小説家を殺すまで』

秀逸すぎるオープニング

憧れの相手が見る影もなく落ちぶれてしまったのを見て
「頼むから死んでくれ」と思うのが敬愛で、
「それでも生きてくれ」と願うのが執着だと思っていた。

だから私は、
遥川悠真に死んで欲しかった。
人気小説家の遥川悠真が失踪した。
失踪事件を追う刑事は、荒らされた部屋に残っていたパソコンから、『部屋』というタイトルのワードファイルを見つける。さらに、クローゼットのなかから奇妙なものが……。
女の子のランドセル。
女子高生の制服。
壁の黒ずみ。
壁一面に貼られた小説の原稿。
それは遥川悠真のものか? それともクローゼットの中に居た“誰か”のものか?

『私が大好きな小説家を殺すまで』の原作は、斜線堂有紀の同名小説(メディアワークス文庫・刊)で、本作はそのコミカライズになる。冒頭の「憧れの相手が~」の一文から、有無を言わせずミステリに引きずり込む原作の力は大きい。

『部屋』というワードファイルは、こう続く。
私の神様はずっと死に損ねていたのだ。
…我ながら酷いことを思うものだ。

けれど、それが私の本当だった。
それだけが、私の本当だった。

この話をする為
には、やはり六年前から始めなければいけないだろう。

あの頃、私はただの小学生だった。
そして先生は、

誰よりも美しい小説家だった。
いや、もう完璧な導入部分である。
そんな強度の高い文章を、漫画を担当する足立いまるは極めて抑制的に、淡々と絵に落とし込んでいく。ミステリ小説のコミカライズにおいて、この組み合わせはかなり幸せなめぐり合わせだと思う。

地獄の果てに出会ったふたり

話は6年前に遡る。本が好きな少女、幕居梓は玄関の前に立っている。
家に入るのは5時30分。それより早くても遅くてもいけない。
梓は15分で夕食を終え、45分で風呂に入ってパジャマに着替え、30分で宿題を終え、7時になると押し入れに入る
外から聞こえるのは、見知らぬ男と話す母の嬌声(きょうせい)。判で押したような毎日は、救済のない地獄の日々。唯一、梓を支えたのは、大好きな作家・遥川悠真のデビュー作『遥かの海』の物語と、彼が出す新刊『天体の考察』への期待だった。

新刊『天体の考察』が、学校の図書館に並んだ。
梓は、『家に余計なものを持ち込まない』という母の決めたルールを破り、本を借りて帰る。それが彼女の毎日を一変させる。母の男が、小学校の蔵書シールを貼られた本を見つけてしまうのだ。娘の存在を隠していた(だろう)母は激怒し、ガスコンロで本を焼く。さらには梓を本屋に連れていき、本を盗ませるのだ。5分以内で……。
本屋で梓が咄嗟に掴んだのは、彼女を支えてきた『遥かの海』。家に帰り、母に言いつけられるよりも先に押し入れに入る梓。朝が来ても、母は押し入れの襖を開けることはなかった。母は梓を捨てたのだ。もう押し入れに入らなくていい。彼女は自由を得た。しかし地獄しか知らない者が、地獄から解き放たれて、どこへいけるだろう? 梓は『遥かの海』を胸に抱き、線路の踏切に立つ。
次こそは死のう
次こそは
次こそ
何度も電車は踏切を通り過ぎていく。すると誰かが彼女に声をかける。
「ちょっといい?」
…迷惑なんだよね

迷惑なんだよ 
わかる?

俺ね その本の作者なんだよ
遥川悠真を名乗る男は、その本を持って死なれると、マスコミが騒いで、小説が販売停止になったりしたら困るからやめろと言う。本を自分に渡せば、死んでもいいとさえ言う。それが“彼なりの優しさ”なのか、“ただの人でなし”なのかさえ分からない。梓に帰るところがないのを察すると、男は「うちに来るか?」と問う。それは地獄に差し込む光なのか、さらなる闇なのか、梓は何もわからないまま、彼に付いていく。

まるで捨て犬を拾うように……

両者に同意があったとしても、保護者の同意なしに18歳未満の児童の連れ出し、同伴、とどめることは青少年保護育成条例に抵触する。遥川悠真は、それを知ってのうえで梓に食事を与え、寝場所を与え、枕元で寝物語まで話してやる。それは、梓の身の上話を聞いてしまったからか? ならば、それは同情だ。段ボール箱に詰められて、クゥンクゥン泣いている仔犬を可哀想に思い、家に連れ帰るのは人間の善性かもしれないが、その仔犬が死を迎えるまで飼い続けることは、同情や善性に支えられるものではない。しかし翌朝、学校に行く梓に遥川悠真はこう言うのだ。
拾ってきた仔犬に餌をやって野に放ち、また自分の同情を満たすために帰ってこいというエゴイズム。
お腹もすくだろうしさ
この世界で俺だけは君に同情してやるよ

やらない善より
やる偽善じゃん
そのエゴイズムにすがるしかない仔犬。
しかし、遥川悠真にも梓にもそのエゴイズムにすがらなければいけない“なにか”があるのだ。そして遥川悠真の“なにか”について、まだ語られないところで第1巻は終わる。

う~、読みたい! 次を。原作を買って読んでやろうかと思ったが、「いや、この絵で読みたい」と思わせる、なんというか(繰り返しになってしまうが)幸せなコミカライズ作品である。

最後に、この巻末に斜線堂有紀先生による書き下ろし番外編「遥かの天命」という掌編が掲載されている。これは遥川悠真が作家デビューを果たした成り行きが書かれているのだが、これがまた物語を分厚くする最高の読者プレゼントになっている。すでに小説を読んだという人も、ぜひ。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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