新宿・歌舞伎町の「P活女子」が“まんが道”をフラフラと進む
アプリでP活相手を募集して1畳半のネットカフェの個室でコトを済ませ、1万5000円の報酬を手にする。
今どきの言葉ではあるが、一昔前なら「宿なしの売春婦」のようなものだ。
ネットカフェでの生活は食事も(ほぼカレーだが)食べ放題だし、電気・水道・シャワーもある。それでいて1ヵ月の費用で約10万円。7~8人も客を取れば生きていける。
人生に夢も希望も抱けずに、惰性で生き続けるキズミ。
私みたいな人間に一生は長すぎる
3倍速で進んでくれればいいのに
始めたころは「コレなら私でもいけんじゃね?」と、舐めまくっていたキズミ。
しかし当然ながら、数日かけて必死で描き上げた漫画を出版社に持ち込んでみたところ、3社すべてで作品を一瞥され、色よい返事などはまったくもらえずに落ち込む(というより怒りでブチ切れる)ことになる。
そんなことをしているうちに懐が寒くなり、スマホが止められる寸前に。
そこから1日で3人の客を取り、使用済みのパンツも売って4万8000円。
「1円にもならなかった漫画より…こっちが正しくないか?」
「漫画家を目指したのは一時の気の迷い」と考え、あっさり諦めてしまう。
治療の間の2週間、客を取ることができなくなる。
目の前の生活費は何とかなるものの、圧倒的に困ったのは「暇な時間の長さ」だ。
新宿をうろつき、コンビニのイートインでダラダラ過ごし……。
そうとう時間を潰したつもりでも「まだ10分しか経ってない!?」と絶望する。
そこでキズミは思い出した。
「漫画を描いていたときは、時間が経つのが異常に速かった」ことを。
「誰かに見せたいわけじゃない。ただ毎日、今日という日を早く終わらせるために」
キズミはふたたび、漫画を描き始める。
すべてはこの「クソみたいな人生」から抜け出すために。
欲望渦巻く新宿・歌舞伎町の片隅で、ふらふら、グダグダしながら「まんが道」を歩き始めたキズミ。その行きつく先は、どこになるのか。
今どきの「リアルな夢追い人」の行く末を見守りたい
歌舞伎町の研究者兼ライターである佐々木チワワ氏も、『ウリッコ』原作者の殺野高菜氏との対談*の中で「キズミの『これだったらウリやってた方がいいじゃん』みたいなシーンが、すごく好きなんです。『ウリをスパッとやめて漫画道にまい進する』より、ずっとリアルな感じ」と語っている。
*社会学研究者・佐々木チワワ×漫画原作者・殺野高菜 スペシャル対談(現代ビジネス2025.11.14)
https://gendai.media/articles/-/159930
どうやらこのリアル感は、原作者である殺野氏の実体験から来ているようだ。
殺野氏は男性であり「ウリッコ」だったわけではないが、普通の会社員だった30歳手前のころに「漫画家がいい暮らしをしている」という話を聞き、そこから経験もないのに漫画家を目指し始めたそう。これ、実際にキズミのエピソードそのままだ。
そこから殺野氏が最初の連載を勝ち取るまで、約4年程度。作中のキズミのように「熱中し、ときにダラダラと逃げ、さらには何度か諦め、それでも漫画に縋りつく」という生活を過ごしてきたのだろう。上記の対談の中でも「半分、夢に生きているので『そのファンタジーを奪われたらじゃあどうやって生きていくの?』みたいな。恐怖心に近いものもあったと思います」と語っている。
夢を追っている間は、自分が“何者か”であるという幻想の中で生きられる。
このリアルな感覚は、20代半ばで安定した会社員としての生活を捨て、フリーランスとして出版業界で生きることを選んだ自分にも“痛い過去”としてかなり共感できる。
実際は夢を叶える前、「夢を追っている間」は、特別な何者でもなんでもないのだが。
(あえて言うなら夢を叶えた後も「特別な何者か」になれたわけではないのだが)
また、作中のキズミは何度となく「漫画を描いているときは時間が経つのが異常に速い」ということに気づき、そこに“救い”を見出しているのだが、この感覚も個人的にかなり共感できる。
はじめは「これで休める~!」とホッとするものの、数日~1週間も経つとキズミが感じている通り「時間の経過が異常に遅い」ことに“うっすらとした絶望”を抱くようになるのだ。
「夢に向かって一直線に突き進める若者」の美しさを描いた漫画は山ほどあるし、それももちろん魅力的だ。その場合、読者の多くは「このキャラクターはスゴイ。自分もこうありたい(ありたかった)」と感じながら読むことになるのだろう。
一方で『ウリッコ』のキズミのように「若者が、あるときは熱中し、グダグダ言い訳し、ときには逃げ、それでも夢に縋りつく」という描写は、「今を生きる若者」も、「何者かになれなかった『過去の若者たち』」も、共感しながら読み進められるように思う。
キズミはこの先、相変わらずフラフラしながらも漫画の道に進み続け、いつしか大きな祝福を受けるのか。それとも「少なくとも若いうちは容易に現状維持ができる」歌舞伎町のP活女子として、ダラダラと生き続けることを選ぶのか。
予定調和が入る隙のない「リアルな夢追い人」の生きざまを、今後も見守りたいと思う。








