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2025.10.09

レビュー

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米澤穂信の大人気ミステリーをコミカライズ!『〈小市民〉春期限定いちごタルト事件』

お菓子とコーヒー、紙とペン片手に読みたくなる

放課後の探し物や、美術室に残された奇妙な絵、それから制服のポケットから取り出されたメロン味のロリポップ。ミステリーの値打ちは「事件の凄惨さ」や「被害総額」では何も決まらないことを『〈小市民〉春期限定いちごタルト事件』は教えてくれる。おもしろい!

原作は直木賞作家・米澤穂信さんの同名小説。最近アニメ化もされた。コミカライズの本作にも、岐阜県のとある進学校を舞台にしたこの青春ミステリーのよさが詰まっている。
主人公の“小鳩常悟朗”と“小佐内ゆき”は目立たないようつつましく高校生活を送ろうとする。自転車を2人乗りして洋菓子店に向かう様子は、はたから見ればどこにでもいる恋人のようなのに、これは2人の注意深さの結果であり「偽装」だ。なぜなら、どこにでもいる人=小市民であることが2人のモットーだから。
小市民であり続け、非小市民的な行為を断固避けるために2人はお互いを助け合う「互恵関係」なのだという。非小市民的な行為とは、例えば「探偵」とかだ。

小鳩くんは名探偵になんてなりたくないし、推理を巡らせるような「知恵働き」は中学の頃にやめたはずだった。なのに……!
いろんな事件や謎が小鳩くんのもとに舞い込んでくる。「もうやらない」と頭で決めたことほど、簡単にはやめられないもの。
頭を使うことや知恵働きをやめることなんてできる? 小鳩くんは小佐内さんの協力のもと、細心の注意を払いながら推理をしていくことになる。

消えたポシェット

小鳩くんと小佐内さんの小市民な日々はこんな感じだった。
甘い物が大好きで小動物然とした小佐内さんは、町中の洋菓子店の限定メニューやその時期に味わうべきものを、頭の中に全てインプットしている。
春期限定いちごタルト! そう、本作のタイトルスイーツもまた、小佐内さんが熱望していた一品だった。おひとり様1個限定だから小鳩くんと一緒に行けば2個買える。立派な互恵関係だ。

放課後、春期限定いちごタルトを目指して2人が洋菓子店に行こうとしたとき、その「事件」は起こった。
校内で窃盗事件が発生! 調査を依頼したのは、小鳩くんの小学校時代の同級生・“堂島健吾”。堂島くんは小鳩くんならこの事件を解けると知っているのだ。正義感の強い堂島くんの勢いに押され、ついつい協力してしまう小鳩くん。
すかさず非小市民センサーを働かせる小佐内さん。そう、小鳩くんの本質は変わっていないのだ。彼は目の前に謎があればつい解いてしまう。
誰が何の意図でポシェットを盗んだの? 持ち主いわく、そんなに大切な物は入っていないらしい。どうってことないポシェットはなぜ消えた? 調べるにつれ怪しい人物が浮かび上がるテンポが心地よい。ところで、春期限定いちごタルトに小佐内さんはありつけるの?

食べ物の恨みは怖いよ

名探偵になんてなりたくないのに、つい「ぼくが思うに」と推理をスラスラと述べてしまう小鳩くんと、そんな彼の後ろにいつも隠れている小佐内さん。小佐内さんは小鳩くんの相棒に相応しい人物だ。小鳩くんの推理にやすやすと追いつき、そして彼と同じく小市民に徹したいと願って互恵関係を結ぶあたりがとてもいい。

この繊細な2人による互恵関係が本作の軸といってもいい。

小鳩くんに舞い込む「謎」(そこに善良なる堂島くんがほぼ関係しているあたりがミステリーとしてとてもニクい)とともに、小市民でありたい2人が明かしていないことが、ページのあちこちに隠されている。「ありたい」ということは、「そうではない」状態があるということでもあるのだ。
どうして小鳩くんが知恵働きをやめたのか、そしてそんな彼の事情をよく知る小佐内さんが、なぜ今こんなことを言っているのか。小鳩くんは恐れつつも「ぼくが思うに」とつい推理を口にしてしまうが、彼は何を恐れているのだろう。彼にもまた非小市民の気配を嗅ぎ取る力がある。

ところで、小佐内さんが待ち望んでいた春期限定いちごタルトは、やがて「ある事件」となってしまう。「小市民」という意味を辞書で引いて腕組みしたくなるような事件だ。覚悟して読んでいただきたい。

レビュアー

花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。

X(旧twitter):@LidoHanamori

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