「社長」には、カブトムシ並みにいろんなタイプがいると思う。オーナー社長は創業社長と2代目社長で性質が異なるし、雇われ社長や落下傘社長もいる。ただどれに属していても孤独な存在であることは共通している。社長の孤独はカブトムシの突起みたいなものだ。
『社長と酒と星』の“井筒玲奈”はこんなタイプの社長だ。
一族経営の印刷会社を亡き父から継承した若き女社長。強い。あとスーツがピタピタでスカートもめちゃくちゃ短くてキレがある。おっぱいが非常に大きいからどんなスーツを着ても結局はピタピタしそうだが、とにかくスキがない。
で、玲奈は「“印刷業”で時間の遅れは万死に値する」として、遅刻してきた新人の襟首をつかんで怒鳴りつけていたところだった。確かに印刷会社がキチッと刷ってくれるからヤンマガが発売日にコンビニに並んでいるのだし、玲奈の言うことは正しい。でも口調も表情もキツいから社員との距離は開くばかり。
そんなピタピタでツヨツヨな社長は、自分の孤独とどう付き合っているのか。
公園のベンチで一人酒。コンビニで買ってきたと思しきビールを飲みまくり、夜空に向かって弱音を吐いている(なお、ゲロもたまに吐く)。
この様子を目撃してしまったのは、玲奈の部下の“石墨憲一”。彼には信じられない光景だった。そりゃそうだろう、会社では怒号を飛ばしまくる社長がビールをかっくらいながら「今日から私は赤ちゃんだ!!」と泣いているのだから。しかも会社の飲み会での玲奈はお酒を一切飲んでいないらしい。酒癖の悪さを隠して社長業に徹しているのだとしたら、なんていい子なんだ!
ちなみに、一般的な350mlのビールに含まれる純アルコールは約14g。絵を見る限り玲奈は既に5缶目に着手しているので、彼女が摂取した総アルコール量は60g以上。完全に仕上がっている。なので、玲奈は石墨のことも全く識別できず……、
自分を解放しまくっている。もう、何もかも見なかったことにしてそのまま立ち去りたい石墨だが、こんな危なっかしい状態の社長を放っておけない。仕方なしにベロベロの玲奈に付き合うことに。
玲奈は、酔った勢いでグチという名の本音を涙とともにポロポロ出してくる。
会社ではこんな姿を一切匂わせない反動なのか、泥酔するとネガティブの塊! こんな社長見たことない!
自分の攻撃性の高さも認識しているらしい。彼女なりにお父さんの会社を守ろうとした結果のコブラツイストであり、当たりのキツさなのだ。なお本作は玲奈の唐突なプロレス技も見どころだ。めちゃくちゃかわいい。
どう見ても落ち着いていない状態からキレーに飛びつき腕十字をかませるなんて才能ありまくり。
石墨は、玲奈のグチに付き合ううちに彼女のことがますます放っておけなくなり、いろんな言葉を玲奈に投げかける。若くして急に社長になってしまってプレッシャーもすごいだろうに、あなたはよくやっていますよ、と。アルコールでひたひたになった玲奈の脳に石墨のねぎらいがしみる。
石墨は、係長の自分が社長を支えますと玲奈と自分自身に誓う。
泥酔して石墨のことを識別できなくなった玲奈には「通りすがりの親切な方からの口説き」に聞こえてしまっているが、でも、うれしいらしい。
こうして石墨は日夜社長を支えることに。文字通り日夜だ。昼はオフィスで、夜は公園で……。特に夜が忙しい。
毎晩こんな感じ。お酒の空き缶が毎回3つ以上は転がっている。だって社長は逃げられない立場で、とても孤独。玲奈は、石墨(と玲奈は気がついていないが)と公園で毎晩遊んでいるおかげでストレスがちょっとは減ってきたハズなのに、新手の難問にどんどんぶつかり、石墨のフォローも加速していく。
それにしても公園×酔いつぶれのバリエーションの豊かさに感心するマンガだ。ありとあらゆる遊具が泥酔に華と色気を添えている。
レビュアー
花森リド
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori