読後感の心地よさがものすごいマンガだ。『妹は知っている』は毎話かならず「ああ読んでよかった」にピタッと着地する。美しい。大げさじゃなく100巻くらい続いてほしい。
とても心地いいから、ちょいちょい読みたくなる。ちょっと疲れた日なんて最高だ。つまりだいたい毎日わたしは読んでいる。
無表情で何を考えているかわからなくて「つまらない人」と思われがちな兄の本当の姿を妹は知っている。
うちのお兄ちゃんは世界で一番面白くて超優しくて最強。この兄と妹の引き出しの多さと流れる時間の豊かさを考えると、ほんと、100巻いけるんじゃないかなあと期待してしまう。
“三木貴一郎”はごく普通の日本企業に勤める中途採用の26歳。システムエンジニア。会社の飲み会(わりと頻繁に開催されている)に顔は出すがノリがいいわけでもなく、二次会や三次会までとことん付いていくタイプでもない。
酔っ払った上司が回らない舌で「コミュニケーションは大事らぞぉー」なんてビールジョッキ片手につまんない説教をかましても、ばくばくと料理を食べて早めに帰っている。会社の人間関係にわざわざ中指を立てるような攻撃的な人格ではないし、彼なりに円滑なコミュニケーションを心がけているが、それがあまり周囲に伝わっておらず「冴えない」なんて言われてしまう男だ。
貴一郎には4歳下の妹がいる。妹はわりと近所に暮らしており、貴一郎の日常生活にたびたび姿を現す。
胸をボロンと出している方もそれを見る方も無表情。まあ家族なんてそんなものかもしれない。
好きな2コマだ。さすがに妹を乳首丸出しでベランダに出すわけにはいかないと気がついてバスタオルを取りに行く貴一郎。
妹の名前は“美貴”で、つまりフルネームは“三木美貴”となるが、まさに「ミキミキ」という愛称で世間には知られている。
美貴の仕事はアイドル。うん、めちゃくちゃかわいいもんね。アイドルも家ではゴロゴロしている。そしてその家は兄の家。美貴はそれなりに有名で、貴一郎は会社でそのことをひた隠しにしているわけでもないが、まあ誰も知らない。
そして美貴は面白くない奴にとても厳しい。なぜならお兄ちゃんが面白いから。
貴一郎は深夜のラジオ放送にハガキを投稿しそれが番組で採用されまくる「伝説のハガキ職人」だった。彼のラジオネーム「フルーツパフェ」は、出したハガキが読まれまくりすぎて無敗の王者のような状態。しかもオールナイトニッポンで!
貴一郎は全国レベルで最高に面白いのに、職場では「冴えない」なんて言われて、それでいいの?
貴一郎からは「不器用」とも違う独特のリズムを感じる。オフィス、居酒屋、街角、そして自宅。どこにいても揺るぎがない(そんな彼でも揺らぐ瞬間があり、それは実に彼らしい。お楽しみに)。
そして人に認めてもらいたくてハガキ職人をやっているわけではない貴一郎と、塩対応だがちゃんと仕事をこなすアイドルの美貴は兄妹だなあと思う。顔のタイプは異なるが、テンポがとてもよく似ている。ベラベラ喋るタイプではないところもソックリ。
そしてお互いがとても大切。交わす言葉の数は多くないけれど、会話の切れ目から感情や思考が透けて見える。表情や感情の起伏が少なく、口数も少ないからといって、その人が何も考えていないわけではないのがよくわかるマンガだ。
大声を出さなくても、はしゃがなくても、コメディはきちんと成立する。その心地よさが見事だ。
初めて大喜利番組に出演するが面白いことなんて言えない美貴は、目の前にいるのが伝説のハガキ職人であることをハッと思い出して「ある協力」を依頼してみたり。そしてお兄ちゃんは優しいからそんな妹のお願いをちゃーんとかなえてくれる。最強の兄なのだ。
貴一郎の最高に面白くて優しいところを妹は知っているが、さて他の人はどうだろう。彼の世界一なところに気がついている人は、実は妹だけではない(『妹は知っている』というタイトルからもそれはわかる)。だとしても、たぶん貴一郎は浮かれなさそうで、そこがまたいい。
レビュアー
花森リド
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori