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2025.04.15

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元少年兵と元狙撃兵──戦争で行き場を失くした2人の雪国スローライフ!

戦争を扱う作品に登場する、国・組織の歴史や具体的な戦略・戦術描写、そして戦場における兵器や人間たちの活躍は、こうしたジャンルの大きな醍醐味です。しかし、本作には当てはまらないかもしれません。なぜなら、本作がフィーチャーするのは「戦後」。かつての戦争を描くシーンはありますが、メインとなるのは戦争が終わった後の世界なのです。

主な登場人物はこのふたり。退役軍人のキルヤシュカ・レイノ。
そして元少年兵のミェリ・ハルトネンです。
彼らが経験したのは、北極圏に程近い、森と湖の国(スオミ)とその同盟国だった帝国V.S.連邦(ルーシ)の戦争。戦争は連邦の勝利に終わり、スオミ国民であるキルヤシュカと帝国の少年兵であったミェリは敗戦国の人間として、この戦後の世界を生きることのなるのです。

この状況、ただでさえ簡単ではないわけですが、ひとつ大きな問題を抱えていました。それは、ミェリが戦場しか知らないということ。彼は帝国で、軍の「装備品」として育てられてきており、いわゆる普通の暮らしを経験したことがなかったのです。戦争で役立つために生きてきたミェリは、戦争ではない今の状態に対し困惑を隠せません。
「有用な装備」という自分の存在意義を見失い、今にも爆発しかねない不発弾のような危うさを抱えたミェリ。このまま放っておくことはできないと、キルヤシュカは彼を引き取ることにします。

本作は、戦いの壮絶な記憶を抱えながら戦後の世界を生きようとするキルヤシュカとミェリが、ふたり寄り添いながら戦争とは対極にあるスローライフを送る物語です。

「戦後」の生々しい描写

戦争は終わりましたが、当然ながら満たされた平和な暮らしがすぐに訪れるわけではありません。

雪国の森の中に建つ小屋で暮らすことになったキルヤシュカとミェリは、暖をとるための薪を集めるべく外へと出て行くのですが、その際にキルヤシュカは、こんなセリフを言います。
この辺りの道に
地雷は
敷設してないと思うけど…

(トラップ)には
気をつけて
戦争における代表的な負の遺産のひとつである、地雷。罪もない人を危険にさらし、戦後何十年もその暮らしを脅かす厄介な存在です。さらには、兵士の亡骸を悪用した手榴弾トラップも。
たとえ終わったとしても、その残骸に苦しめられる。それが戦争なのです。

スローライフも楽じゃない

いよいよ幕を開けた森の中のふたり暮らし。ミェリにとっては初づくしな、薪オーブンを使って料理作りをしたり、サウナ小屋で心地よい時間を過ごしたりと、戦争の記憶を忘れさせてくれるようなスローライフを満喫します。
食料調達時には狩りもする、そんな自然派な暮らしのなかで、時には危険が潜んでいることも。
襲い掛かる熊との、15ページにわたる壮絶なバトルシーンは、キルヤシュカが優秀な兵士であったことを証明する描写でもあり、必見です。

「戦争」は本当に終わったのか?

一見、穏やかに暮らし始めたふたりではありますが、現象としての戦争は終わっても、人の心の中はそう簡単に区切りがつかないもの。夜遅く、ミェリが戦時の夢を見て目を覚ませば、隣ではキルヤシュカがミェリの目覚めに気づく。ふたりともまだ、深く眠ることができません。
装備としての教育を受けた少年兵であるミェリはもちろん、歴戦の兵士であり、戦時から平時へとうまく切り替えていたように見えるにキルヤシュカですらも、まだ戦争を引きずっている。そこには、戦争という過酷な体験に加えて、キルヤシュカ自身に起こった「ある喪失」も関係しているようです。

国や種族は違えども、同じ戦争、同じ戦場を戦い、それぞれに傷つき心をすり減らしていたふたり。自分を優しく包み込んでくれるキルヤシュカに対して、ミェリはこんなことを感じるのでした。
彗暦(せいれき)3215年という架空の時代設定、そして北極圏に近い北欧を思わせる世界観で描かれる本作。雪国の美しい自然の中で語られる、残酷な戦争という対比にハッとさせられます。戦いに傷つき、悲しい、あるいは恐ろしい記憶を背負ったふたりが、お互いの心を癒しながら歩む再生の記録。私たちが暮らす現実の世界で今も継続する戦争と重ね合わせながら、ふたりの穏やかな暮らしを願わずにはいられません。

ちなみに、ミェリが喜んだり落ち込んだりする際の感情を耳の動きで表現するシーンもあり、そのキュートな描写に思わずほっこりしてしまいました。本作のあちこちに出てくる、この癒し表現にも注目です。

レビュアー

ほしのん

中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。

X(旧twitter):@hoshino2009

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