戦地に舞い降りたモフモフ
過酷な戦地。腕はいいけど寡黙で孤独な戦士の前に舞い降りたモフモフが、猫好きもそうじゃない人も、心をつかんで離しません!
『黒猫と兵士』の主人公は、その腕前から"ワイルドハント"の異名を持つ、アーサー・レイン。敵味方関わらず、数百の人間を殺してきたと噂される伝説の狙撃手です。戦地でのある日。狙撃の準備をするレインの前に、にょっと出てきたのは……。
モッフモフの黒猫! 戦場をうろついていたらしく、その左目には痛々しい傷跡が。
こんなところに猫? 訝(いぶか)しむレインを尻目に、猫は空の薬莢(やっきょう)で遊び始めます。
毎日数え切れぬほど人が死ぬ戦場で、この猫も必死に生きている……。過酷な任務の合間、思わぬタイミングで現れた猫の無邪気さに、レインは頬を緩ませます。
任務を終えたレインの前に、再び黒猫が現れ、何かを期待するように彼を見上げます。しかし、ここは明日の保証もない戦場。この猫とも、もう会うこともないだろう……。レインは新たな任務に向かうのでした。
友達ではない。今はまだ。
また別の日のこと。新たな任務に向かった先には先客が。
敵を確実に仕留めるため、狙撃ポジションを確保したいレインのことはお構いなしに、猫は猫で日当たりのいいポジションを確保します。
この猫、戦地にいる割に、レインに対しても銃に対しても警戒心がゼロ。狙撃の邪魔になるのでどかそうと抱き上げてみれば
まあまあの大きさなうえに、にょ────んと伸びるのです。見かねたレインは猫を確保し、木箱に押し込めます。
しかしこの猫、何度でも木箱からにゅ─────っと出てきては、日あたりのいい場所に戻ってしまう。最終的にはレインの背中に乗り、彼の長い髪で遊ぶのがベストポジションに。そんななか、レインはこの猫の名前が「キャスパー」であることを知ります。
モフモフの毛で見えなかったけど、きちんと首輪と名札をしていたキャスパー。危機感のないマイペースぶりも人懐っこさも、誰かに飼われていたと思えば腑に落ちます。以前は誰かに大切にされて暮らしていたのかも……。レインはキャスパーのこれまでに思いを馳(は)せます。しかしここは戦場。この猫と友達になったわけでもないし、次の任務に向かえば、今度こそ二度と会うことはない。そう考えていたレインの前に、またもキャスパーが現れます。
ずぶ濡れで小さくなったように見えるキャスパーをタオルで拭いてあげると、その思わぬやわらかさがレインの心を癒やします。
レインはついに、迎えの車にキャスパーも乗せ、基地へと連れ帰るのでした。孤独な兵士とモフモフ黒猫のほっこり戦場デイズの始まりです!
初めての「予測不能」
レインは伝説の狙撃手。風向きや気温、湿度まで計算して狙撃に臨む姿は精密機械のよう。狙撃のチャンスが訪れるまで、気配を消して何時間も待つこともいとわないプロです。
精密な狙撃は、どんな時も周囲の観察と分析を怠らず、計画的に事を運ぶレインの冷静な判断のたまもの。そんな彼のふところに飛び込んできた予測不能な存在がキャスパーでした。最初は、ただ居あわせただけ。邪魔だと思ったこともありました。でも、キャスパーに対して何度も感じた「もう会うこともない」は、レインのある心の傷の裏返しのようで……。
有能でありながら、周囲に心を開かず、孤独なレイン。そこには、過去のつらい思い出が影を落としているようです。
「もう会うこともない」との思いからキャスパーにやさしく接したことで、死地に生きる1人と1匹の生活が始まるのだから、人生何が起きるかわかりません。何度もキャスパーと顔を合わせるうちに、精密機器のようだったレインにも、人間くささがにじんできます。
ある日、レインがスコープをのぞくと、そこには敵陣の兵士たちにモフモフされるキャスパーの姿が。
その時のレインの顔ときたら、こう! 私はニヤニヤが止まりませんでした。作中に同じアングルで標的を狙うレインが何度か出てくるのですが、この時のこの顔がいかに異質か、本書で確認してほしい!
キャスパーはいつの間にか、レインの心に入り込んでいたようです。孤独な1人と1匹の関係がどう変化していくのか、見守っていきたい……!
そして、寡黙な兵士の閉じた心にも難なくすべり込む、魔性の黒猫・キャスパー。レインならずとも、思わずモフりたくなるこの愛らしさも堪能してほしい!
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019