明日の弁当のおかずを考える
こんなことを「弁当がうまそうだ」と思わせながら想像させるマンガなのだから恐れ入る。SNSで大きな話題になったのも納得だ。読む人の心を静かに揺らすチャーミングな怪作だ。
一日一善をモットーとする弁当屋の“レイニー”は神だった。
この神は“ソランジュ”という名前をもち、“北の国”では実りと死を司る神として信仰の対象だったけれど、他の国では邪神として忌むべき存在だった。いわゆる「価値観の不一致」の最も深刻なタイプといえる。で、人間同士はソランジュをきっかけに戦争を起こし、ソランジュは創造主(ソランジュの上司的な神)から無期限の謹慎処分を受けることに。
神としての力と姿を失ったソランジュは、レイニーと名乗る人間となり、北の国で弁当屋をやっている。
「祈る」は「生きる」ことの一部だと思う。大勢の人間が死んだはずの戦争のあと、罪を背負ったレイニーが生きる理由は今のところ「明日の弁当のおかずを考える事」なのだという。
人間はとても単純
人間の姿で謹慎生活を送るレイニーは、神の力を取り戻すために「一日一善」を心がけている。
レイニーの周りにはいろんな人間が現れる。
人の心の隙間
すっとぼけたような会話と、うまそうな弁当を積み上げるように、レイニーは粛々と生活を続ける。
そしてレイニーはどきどき神の猛々しさを見せる(ここは実際に手に取ってご覧いただきたいので引用は控える)。それは別の国の人間が邪神と呼んだ事実を証明するような姿で、神のレイニーがポロッと口にする言葉はもろくて痛い。読むたびに見てはいけないものを覗いてしまったような気持ちになる。もしも神にも隙間があるのだとしたら、人間の私としては神に親しみを覚えるが、同じくらい絶望する。それでもレイニーは再び弁当を作り、生活が続いていく。
カワイイなーと油断していると、思いもしない角度から私たちの隙間に手を伸ばそうとする。本当に油断できない、腹の減る、そして腹が満ちる、魅惑的なマンガだ。








