平和を望むならば……戦いに備えよ!!
東京・銀座にある銀鈴小学校に一人の転校生がやってくる。彼の名は小松原ケン、小学5年生。日本人だが、ずっと外国暮らしで日本での生活は初めて。ひらがなとカタカナは読めても、漢字は読めない……。そんなケンの横に座る清野美貴は、奇妙なものを見る。ケンのランドセルに入っていた、こぶし大の石……。
ケンと美貴の帰り道、銀座の街で薬物中毒者による無差別殺傷事件が発生する。ケンは給食着に石を仕込み、監視カメラの死角から駆け出していく!
去り際にケンは言う。
「アマチュアめ」
ケンの出現に外務省、警察、アメリカの民間軍事会社がザワつく。ケンは紛争が繰り返されるアフリカ中央部で少年兵として育ち、民間軍事会社で活躍した伝説の戦闘エリートだったのだ……と、ほのめかされるが、真偽は明かされない。
帯に書かれた「平和を望むならば…戦いに備えよ!!」の原文は、「Si vis pacem, para bellum」というラテン語の警句だ。キアヌ・リーヴス主演のアクション映画『ジョン・ウィック:パラベラム』の「パラベラム」はこの警句が元ネタであり、同時に100年以上にわたり広く使われている拳銃用銃弾「パラベラム弾(parabellum)」にも引っ掛けてある(銃弾名も同様にこの警句が元になっている)。ジョン・ウィックも暴力の中で生まれ、暴力によって生きながらえてきた設定だが、ケンもまた同じ「サン オブ バイオレンス(暴力の申し子)」だ。ケンにとって銀座はMY TOWNであり、MY TOWNの平和を望んでいる。そして暴力には暴力をもって戦うことを辞さない。そしてケンは、必ず相手に問う。
「あなたは僕の敵?」
小学5年生のビジランテ
主人公は小学5年生のかわいい子どもだが、物語はビシバシのハードボイルド作品である。父親から精神的、肉体的DVを受ける同級生との関係、現金強奪(タタキ)犯との対峙、東南アジアから来たスナイパーが行う暗殺事案への干渉……と、第1巻の各エピソードは緩やかに完結しながら、次なる血の匂いを濃厚に放ちつつ物語は進む。
しかもこの漫画、ハードボイルドの系譜でも、銀座という街を暴力から守ろうとする、ビジランテ(自警団)ものである。ゴッサムシティを守るバットマン、N.Y.に溢れる凶悪犯を私刑に処するチャールズ・ブロンソン(映画『狼よさらば』)など、ビジランテ作品に共通するのは、ヒーローもまた心を病んでいるという点だ。そんな主人公を、漫画を担当するオオツカトンチンは、かわいらしく描く。小学5年生の「かわいらしさ」と「暴力」と「狂気」。普通なら同居しない要素が、本作では絶妙のバランスで成り立っている。と、ふと思ったのだが、これはひょっとして『名探偵コナン』の裏返し? 法律の内側にいるコナン君と、法律の外側にいるケン……、なんて深読みもしたくなる。
物語を書いているのはNUMBER 8。漫画家・石塚真一の担当編集者であり、大ヒットJAZZ漫画『BLUE GIANT』を二人三脚で作り上げ(映画版では脚本も担当)、南波永人の名義で作家活動も行っている才人だ。『BLUE GIANT』のイメージが強いが、徳川家康の家臣にして猛将で知られた本多平八郎忠勝を描いた歴史物『風の槍』や、モーニングで待望の連載再開を果たしたサラリーマン×ゾンビ・パニック漫画『サラリーマンZ』の漫画原作も手掛けていて、その作品の幅は広い。だが、その振り幅の中にあっても本作『S.O.V』は、かなり振り切った作品といえる。
都市には暴力が付き物だ。それはハイソサエティな銀座であろうと同じ。その暴力の抑制弁として暴力団があり、さらにその暴力団に対して警察が機能する。そんな均衡を保った銀座にある日突然、圧倒的な暴力装置としてのケンが現れる。そこで最初に反応するのは、やはり暴力団だ。
彼は銀座に拠点を構える地回りの暴力団、倉地組の若頭・金宮龍人。初めて人を刺したのは小学生の頃という人物で、頭も切れる。
暴力をバックに相手にマウントを取るのが暴力団の常道。しかし、暴力の申し子であるケンには、それがいっさい通用しない。圧倒的な暴力が吹き荒れそうな予感に満ちて、第1巻は終わる。次巻、どんな血が流れるのか楽しみに待ちたい。
レビュアー
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。