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2024.05.13

レビュー

『ちはやふる』の末次由紀、新作は型破りなサッカー漫画!『MA・MA・Match』

おれサッカー部辞めるから

ある日を境に、大学時代の女友達たちがNHK教育テレビの『おかあさんといっしょ』を、とても熱心に見るようになった。彼女たちが母親になり、子どもと一緒にそれを視聴し、やがて親子の毎日を照らすかわいいお日様となるのが、はた目からもよくわかった。たぶん「うたのおにいさん」や「うたのおねえさん」はブルーノ・マーズくらいの照度を備えているんじゃないかと思う。

そして子どもが成長するにつれ、子どもの興味は他へ移っていく。もはやその子が幼児向け番組やキャラクターに見向きもしなくなった今でも、彼女たち母親が語るそれは、ほんとキラ星のようだ。そんなキラ星を、床に無造作に置いてきぼりにされる宝物を、十数年ものあいだ拾いながら子どもの背中を見送る人の気持ちは、どんなものなのだろう(父親となった男友達たちも、そういう宝箱が心にあると思う。私が聞いていないだけで)。親は、家族は、どんなふうに生きていくのだろう。

『MA・MA・Match』はそういうマンガだと思う。痛みとド根性と希望の物語だ。切なくてしょぼしょぼと泣いたかと思えば闘志が湧く。

きっかけは主人公“相川成実”の長男“拓実”が放った「ある一言」だった。



右手にスマホ、左手にお弁当。そんないつもの朝に放りこまれた「おれサッカー部辞めるから」は、バカでっかい石となり、母の心に波をたてる。

成実はこんな生活を送ってきたからだ。



相川家の子ども二人は幼い頃からサッカーを習っている。チャイルドシート搭載の電動アシスト自転車にまたがったまま、スマホを掲げ拓実の妹“瑠実”のプレイを撮影する成実。足元はストラップ付きの5cmくらいのハイヒール(彼女は映画の広告会社に勤めている。仕事後に自転車をかっ飛ばし瑠実を迎えに来たのだろう)。

分かちがたかった子どもの時間と母親の時間のひと筋が、まさに今スッと分離しようとしていた。

一緒にサッカー選手になりませんか

それにしても、どうして拓実はサッカーを辞めちゃうんだろう。

拓実だって小学生の頃は……そう、小学生の頃は上手かった。でもプロのサッカー選手になるほどではなく、高校のサッカー部では拓実より上手な子なんてわんさかいる。わかっていたことだけど、いざ「その日」が来ると、とてもさみしい。いや、でも、わかっているんですよ。

そんな成実の「わかってる」をぶち破るような声が聞こえてくる。

瑠実と同じサッカー教室に通う“圭人くん”のママ、“芦原さん”だ。いつになく怒号を飛ばす芦原さんと、ナメきった態度の圭人くん。ニ人は大ゲンカの直後だった。バトルの理由はこちら。



芦原さんの怒りはごもっとも。

芦原家のケンカのイヤな感じを、芦原さんの悔しさを、その場にいたママたちは察する。「子どもって生意気だからさ」で片づけられる? ここから「末次由紀先生~!」と抱きしめたくなるような展開になだれ込む。

つまり、彼女たちは生意気な子どもの「母親」であり、家族に軽んじられ心が傷ついた「人間」であり、傷ついた人間の痛みに共感する「同志」だ。そしてその鬱屈の行き先に人間性が出る。

芦原さんの目のギラギラした光を見よ。





ママたちもサッカー選手になって、子どもたちと戦う! 彼女たちは乗り越えたいのだ。これは壁じゃなくて段差だ。背を向けて「2度と来るかバーカバーカ」って言いたい壁に思えるけど、壁にしたくない。立ち去りたくない。みんなで乗り越えたい。そしてそのみんなには、子どもも、家族も含まれる。

越えてやりますよ

やると決めたママたちは強い。弱いんだが強い。



立場も年齢も家庭の事情も、そして越えたい段差もいろいろ。



芦原さんより少し世代が上の成実が今超えたいことは、拓実がサッカーを辞めてさみしくなっちゃう自分の気持ち。一コマ一コマで泣いてしまう。練習中のママたちもウルウルだ。

トレーニングを重ね、一体感もうまれて、いよいよ明日は試合! ところが。




そう、いろんな家の事情がある。家庭の中には、ものすごくままならなくて、あきらめたくないが痛くてしょうがないものがたくさんある。

私はこのページで息が止まりそうだった。

家族って、なんて際どくて大変なんだろう。

鬱屈の行き先と戦い方に人間性が出るなあと何度も思い知るマンガだ。



だからサッカーマンガとしても胸が躍る。このピッチに立つ全員の世界が揺れているのを感じる。そして全身が沸騰しそうな瞬間に成実の頭に浮かぶことは……。



やっぱり子どものこと。濃密で忘れがたい一戦だ。

本作が初公開されたとき、SNSは沸きに沸いた。あのとき芦原家の男たちにプリプリと怒った人(私もその一人だ)は、もう一度本作を手に取ってみてほしい。いろんな「段差」を見つけるはずだ。

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori 

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